東レ、海水淡水化用に高い「ホウ素」除去率を有する高性能逆浸透膜を開発
東レ、世界で初めてサブナノメートルの孔径を制御
海水淡水化用に、高い「ホウ素」除去率を有する高性能逆浸透膜を開発
東レ(株)は、この度、海水淡水化用逆浸透膜(RO膜)1)のサブナノメートル2)の孔径分布を定量化し、人体に有害な物質と言われるホウ素3)の除去率と孔径分布の相関を世界で初めて実証することに成功しました。
さらに、今回得られた情報に基づき、東レ独自の分子設計技術を駆使して、サブナノメートルの精度で孔径を制御した「高ホウ素除去RO膜」を開発することにも成功しました。この新規高性能逆浸透膜は、特に飲料水や農業用水が不足している中東や北アフリカ諸国でも注目されており、米国や中国を中心としたアジア諸国にも積極展開し、グローバルに持続利用可能な水源の確保のため、海水淡水化などの膜事業を世界規模で益々発展させてまいります。
<ホウ素とは>
RO膜による海水淡水化は、塩分はもちろん重金属イオンや有機物などほとんどの物質を高率で除去できるため、得られる水質は非常に良好ですが、唯一例外となる物質が「ホウ素」です。「ホウ素」は、通常の河川水に比べ海水には高濃度で存在しており、生殖阻害毒性、柑橘類の立ち枯れ病を起こすと言われているため、各RO膜メーカーともその性能向上にしのぎを削ってまいりました。ホウ素分子はとても小さく、従来のRO膜による一段処理ではホウ素除去に限界があり、一段処理した水を再度RO膜で二段処理したり、別の水源から得た低ホウ素濃度の水と混合させたりするなどのプロセスで対応してまいりました。
<新技術ポイントについて>
これに対して東レは、「RO膜のイオン分離機構」という当該技術の核心に注目しました。1960年代から、RO膜のイオン分離機構には主に2説あり、(1)空孔が無い「溶解拡散機構」説、(2)空孔がある「透過機構」説---があり決着がついていませんでしたが、最近ではRO膜には1ナノメートル以下の超微細な空孔が存在し、その孔径によって性能が決定されるという考え(=(2)「透過機構」説)が主流になってきました。しかし、この孔径を正確に測定する手段が確立されなかったため、新たな膜の研究を行う上で性能向上の方策を経験や勘に頼らざるを得ませんでした。
東レは、東レリサーチセンター4)の協力のもと、「陽電子消滅寿命測定法5)」」というナノ分析技術で海水淡水化用RO膜の孔径を測定した結果、ホウ素除去率と孔径分布(0.6~0.8ナノメートル)の間に相関があることを世界で初めて明らかにしました。この情報に基づいて、長年の研究で培ったポリマーサイエンスと分子動力学シミュレーション6)技術というナノテクを駆使し、適した孔径を持つポリマー分子を設計することで、これまでの高ホウ素除去タイプ海水淡水化RO膜よりも、ホウ素除去性能がさらに向上(ホウ素濃度を従来比20%減)した新規高性能RO膜を開発しました。
これにより東レは、膜メーカー各社で高ホウ素除去タイプRO膜の研究が進められる中、他社に先駆けて透水性を損なわずにホウ素除去性能を向上させることに成功しました。
東レは、本年5月に策定した中期経営課題“Innovation TORAY 2010 (略称:IT-2010)”において、環境・水・エネルギー分野を今後の有力な成長領域の一つと認識し、経営資源の傾斜投入を行っています。戦略的育成事業と位置付けられた水処理事業拡大のために、今後も世界トップレベルの「膜およびその利用技術」をコアとして、膜事業と膜システム事業を積極的に推進して参ります。
<語句説明>
1)逆浸透膜(RO膜)
濃厚水溶液と希薄水溶液とを半透膜で隔てて接触させると、濃度差で生じる浸透圧によって希薄水溶液側から濃厚水溶液側に水が移動します。ここで浸透圧より大きな圧力を濃厚水溶液側にかけると、水が半透膜を透過して希薄水溶液側に移動します。この現象を利用した膜分離法を逆浸透法と呼び、逆浸透法に用いる膜を逆浸透膜と言います。逆浸透膜は、ナトリウムやカルシウムなどの金属イオン、塩素イオンや硫酸イオンなどの陰イオン、あるいは農薬などの低分子の有機化合物を除去対象としています。
2)サブナノメートル
1ナノメートルは10億分の1メートルであり、サブナノメートルとはその1/10、すなわち10億~100億分の1メートルという極微細領域の世界です。
3)ホウ素
ホウ素は、ガラスやほうろう、陶磁器の釉薬等に使用される他、ホウ酸として医薬品、メッキ溶剤、防腐剤・殺虫剤等として使用されています。海水中のホウ素はホウ酸分子という非常に小さな分子として存在します。ホウ素は、(1)動物体内に摂取されると特に生殖阻害毒性を引き起こす、(2)柑橘類の立ち枯れ病を起こすことが知られており、飲料水や農業用水として使用するうえで、WHOから0.5mg/リットル以下というガイドラインが出されています。しかし、ホウ素分子は非常に小さく、海水中には比較的高濃度で存在しているので、完全に除去するのが難しい物質です。そのため海水淡水化用RO膜には高いホウ素除去率が要求され、各RO膜メーカーともその性能向上にしのぎを削ってまいりました。
4)東レリサーチセンター
1978年6月に東レの研究開発部門から分離・独立した分析・物性評価の受託、試験研究受託、調査研究、研究開発受託を業務とする総合的な研究技術支援企業です(100%東レ出資の関連子会社:http://www.toray-research.co.jp/)。
5)陽電子消滅寿命測定法
電子と同じ質量で反対の電荷を持つ「陽電子」と呼ばれる素粒子は、電子と衝突するとγ線を放出しながら消滅する性質があります。これを利用して、物質中に陽電子を入射させ、その寿命を測定することで物質中の空孔の大きさを測定する方法です。物質中の空孔が小さいほど、空孔以外の場所に存在する電子と衝突する確率が高いため、寿命が短くなります。この方法により、0.1~10ナノメートル程度の空孔を測定することができます。
6)分子動力学シミュレーション
ポリマーのような巨大分子の運動を、コンピューターを用いて計算する方法です。ニュートンの運動方程式を用いて、分子中の各原子の位置を時間に対して追跡するシミュレーション手法で、RO膜を構成するポリマー分子やRO膜中に存在する水・溶質などの運動、存在位置に関するデータを得ることができます。
以上
