理化学研究所、ユビキチン化タンパク質の大量精製と網羅的解析法を開発
ユビキチン化タンパク質の大量精製および網羅的解析法の開発に成功
-生命現象に関するさまざまなタンパク質の制御法への大きな期待-
◇ポイント◇
・シロイヌナズナの培養細胞からユビキチン化タンパク質を精製
・85の新規ユビキチン修飾部位を特定
・植物の成長や開花制御技術、環境ストレス耐性、耐病性の育種が可能に
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、生命現象の源となるユビキチン修飾をうけた植物タンパク質の大量精製と、その構造を網羅的に解析する新手法の開発に成功しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)植物免疫研究グループの白須 賢グループディレクターと、英国セインズベリー研究所(ジョナサン・ジョーンズ所長)のScott Peck(スコット・ペック)博士(現:ミズーリ大学)の研究グループによる共同研究の成果です。
ユビキチン(Ubiquitin)は、すべての真核生物がもつ、76個のアミノ酸からなるタンパク質で、他のタンパク質に付加(ユビキチン化)されることで、そのタンパク質の分解や活性化、局在化などを制御しています。これまで、植物の成長、花芽形成、環境ストレス耐性、耐病性などさまざまな生命現象へのユビキチン化の関与が示唆されていましたが、そのターゲットとなるタンパク質や修飾部位などはほとんど知られていませんでした。
今回の研究では、モデル植物であるシロイヌナズナのゲノム配列情報をもとに、ユビキチンを特異的に認識して結合するタンパク質をコードする遺伝子を見出し、ユビキチン結合ドメインとグルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)※1との融合タンパク質を、大腸菌で発現させました。この融合タンパク質をグルタチオンセファロースに固定し、アフィニティークロマトグラフィー※2を行い、シロイヌナズナの培養細胞からユビキチン化タンパク質を大量に精製することに成功しました。さらに、これらのタンパク質を構成するペプチドを、最新の微量タンパク質分析法であるMudPIT法(Multidimensional Protein Identification Technology)※3を用いて網羅的に解析し、294のタンパク質を特定し、85の新規ユビキチン修飾部位を同定しました。またこの方法は、モデル植物のシロイヌナズナだけでなく、大麦などの単子葉作物などでも有効であることを見いだしました。将来この方法で同定したタンパク質を利用することで、植物の成長・開花制御技術の開発、そして環境ストレス耐性、耐病性の育種につながることが期待されます。
この研究成果は、米国の科学雑誌『Molecular&Cellular Proteomics』の4月号に掲載されます。
1.背 景
ユビキチン化は、真核生物において、タンパク質の分解、活性化、局在化を制御する重要な制御機構の一つです。植物でも、ユビキチン化が、植物ホルモンや光による成長制御、環境ストレス耐性、耐病性など、多くの生命現象に関わっていることが示唆されていました。モデル植物であるシロイヌナズナのゲノム解析からその全遺伝子の5%が、ユビキチン化に関与していると考えられています。これは他の真核生物に較べて圧倒的に多く、植物にとってユビキチン化が非常に重要な制御機構であることがわかります。ユビキチン化関連の遺伝子は、これまでに変異体解析などで遺伝学的に同定されてきたものがほとんどでしたが、その数は大変少ないものでした。これは、ユビキチン化関連の遺伝子が、数多く重複しているため、変異体が取りにくかったり、実際にタンパク質がユビキチン化される標的なのかどうかが判定しづらかったりするためです。一方で、ユビキチン化されたタンパク質は、すぐに分解されてしまうことや、細胞内では脱ユビキチン化酵素の活性が高いため、微量かつ短時間しか存在しないため、生化学的に大量精製し、網羅的に解析することは非常に困難でした。
2.研究手法
研究グループは、シロイヌナズナの全ゲノム配列情報をもとに、ユビキチンに特異的に結合するタンパク質をコードする二つの遺伝子AtRPN10とAtUBP14を見出しました。この遺伝子を用いて、そのユビキチン結合ドメインUIMとUBAのそれぞれを、グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)と融合させました(図1)。次に、大腸菌でこの融合タンパク質を発現し精製して、グルタチオンセファロースに固定したアフィニティークロマトグラフィーカラムを作りました。ユビキチン化した標的タンパク質は、プロテアゾーム※4によって短時間で分解してしまいます。これを阻止するために、プロテアゾーム阻害剤であるMG132をシロイヌナズナの培養細胞に加え、標的タンパク質を抽出しました。さらに、カラムあるいはユビキチン化した標的タンパク質に非特異的に結合するタンパク質を除くため、高濃度の尿素(8M)で前処理してからアフィニティークロマトグラフィーにかけ、ユビキチン化した標的タンパク質を大量に精製しました。
次に、ユビキチン化した標的タンパク質を、トリプシン※5処理で細かくペプチド断片にして、MudPIT法で解析しました(図2)。MudPIT法は最新の微量タンパク質の網羅的同定法であり、ナノリッタースケールでイオン交換カラムと逆相カラムを組み合わせてペプチドを分離、高性能質量分析器を用いて質量解析するものです。この手法によって、複雑なサンプルからペプチド断片を同定することが可能になりました。また、トリプシン処理することで、ユビキチンのカルボキシ末端にある二つのグリシンがタンパク質の修飾された部位に残ることから、ユビキチン修飾部位を容易に同定できました。
ユビキチン化タンパク質の精製に関しては英国セインズベリー研究所が行い、質量解析とデータベース構築などは英国セインズベリー研究所と植物科学研究センターが行いました。解析には、植物科学研究センターに導入した最新の液体クロマトグラフィー-質量分析計(LC-MS/MS)※6などを駆使しました。
3.研究成果
このように開発した最新の技術を利用して、ユビキチン結合ドメインUIMおよびUBAに特異的に結合する294のタンパク質を同定しました。さらに、この中から85の新規ユビキチン修飾部位を同定しました。UIMとUBAでは、同定したタンパク質に、異なっているものが多く、これらのドメインがユビキチン化した標的タンパク質に何らかの特異性を持っていることもわかりました。同定したタンパク質のなかには、植物免疫に必須な抵抗性タンパク質なども含まれていました。
生化学的手法でユビキチン化した標的タンパク質とその修飾部位を植物から網羅的に同定したのは、本研究が世界で初めてです。ゲノム解析からだけではユビキチン修飾部位がわからないこと、またこれらの修飾がダイナミックに起こることから、タンパク質の修飾状況は予測できません。従って、タンパク質の分解、活性化、局在化といった制御機構を理解し、応用するためには、ポストゲノム的アプローチであるプロテオーム解析※7が不可欠になります。今回の研究成果は、植物のユビキチン化プロテオーム研究の第一歩になります。ユビキチン化した標的タンパク質の精製法および解析法は、モデル植物のシロイヌナズナだけではなく大麦などの単子葉作物などにも応用が可能であることも示されました。
4.今後の期待
本研究により、植物のさまざまな生命現象を制御する、ユビキチン化した標的タンパク質の網羅的な同定が可能になりました。イネなどの作物のタンパク質の修飾状況を詳細に調べることで、植物の成長、花芽形成、環境ストレス耐性、耐病性の制御技術の開発が期待されます。
<補足説明>
※添付資料を参照