日立、高感度磁気ヘッドに道を拓く電気抵抗が100倍超変化する磁気抵抗効果を確認
ガリウム・マンガン・ヒ素の単一電子トランジスタにより電気抵抗が100倍超変化する磁気抵抗効果を確認
HDD用磁気ヘッドの飛躍的な高感度化に道を拓く
日立ヨーロッパ社日立ケンブリッジ研究所(イギリス)(Hitachi Europe Ltd., Hitachi Cambridge Laboratory/以下、日立)は、Institute of Physics ASCR(チェコ)、University of Nottingham(イギリス)、National Physical Laboratory(イギリス)、ケンブリッジ大学(イギリス)と共同で、ガリウム・マンガン・ヒ素の単一電子トランジスタを作成し、4.2ケルビン(-269℃)の温度条件で、磁気によって電気抵抗が100倍を超えて変化する磁気抵抗効果「クーロンブロッケード*1異方性磁気抵抗効果*2:CBAMR」(Coulomb Blockade Anisotropic Magneto-Resistance)」を確認しました。今回得られた大きな磁気抵抗効果は、磁気検出感度の飛躍的な向上を可能とし、将来、1平方インチあたりの容量がテラビットを超えるハードディスクドライブ(HDD)で用いられる高感度磁気ヘッド技術への道を拓くものです。
コンピュータの記録装置や携帯情報機器に用いられるHDDの記録密度は、メモリの単位となる磁性媒体の微細化と、信号読み取り・書き込み用磁気ヘッドに組み込まれる磁気センサの小型化や磁気検出感度の向上によって実現されてきました。1990年はじめに導入されたMR(Magneto- resistance:磁気抵抗効果)ヘッドは、磁気によって電気抵抗が数%程度変化する強磁性体の異方性磁気抵抗効果を利用したもので、それまでの薄膜ヘッドに比べ磁気センサの微小化が可能になったこともあり、記録密度は薄膜ヘッドの年率1.3倍から1.6倍へと大幅に増大しました。1997年には、数十%の磁気抵抗効果が得られる感度の高いGMR(Giant Magneto-resistance:巨大磁気抵抗効果)ヘッドが登場し、記録密度は年率2倍にまで向上しました。現在は、原理実験では、磁気によって電気抵抗が約400%の磁気抵抗効果が得られるTMR(Tunnel Magneto-resistance:トンネル磁気抵抗効果)ヘッドの実用化も進められています。今後も記録密度の増大が求められ、将来、1平方インチあたりの容量がテラビットを超える時代になると、磁性媒体の寸法は20ナノメートル以下にまで小さくなると共に磁場信号も弱くなるため、微小でかつ磁気検出感度が高い新概念の磁気センサが必要となっています。
今回、日立では、強磁性体材料のガリウム・マンガン・ヒ素の単一電子素子を用いて、電気抵抗が100倍を超える変化を示す新たな磁気抵抗効果「クーロンブロッケード異方性磁気抵抗効果:CBAMR」の原理検証に成功しました。
原理検証をしたクーロンブロッケード異方性磁気抵抗効果の概要は以下の通りです
(1)膜厚5 nmの強磁性体のガリウム・マンガン・ヒ素((Ga Mn) As)薄膜からなる単一電子トランジスタを作成し、100倍を超える電気抵抗の変化(磁気抵抗効果)を確認しました。
(2)磁気抵抗効果の大きさと信号変化の正負の値は、単一電子トランジスタに加える僅か数ボルトの電圧(ゲート電圧)で制御することが可能であることを見出しました。
(3)100倍を超える電気抵抗の変化は、強磁性体材料で作成した単一電子トランジスタにおけるクーロンブロッケード現象(単一電子を閉じ込める現象)と、強磁性体の磁気異方性の組合せによって生じることを理論計算によって明らかにしました。
本成果は、電子の電気的性質と磁気的性質の双方を利用したスピントロニクスデバイス*3に単一電子トランシスタ構造を適用したもので、電子のスピンを電気的に操作するという新たな研究開発領域の潮流を拓くものです。
また、本実験は、4.2ケルビン(-269℃)という極低温下での結果ですが、シミュレーションの結果、金属強磁性体*4では、高温においてもクーロンブロッケード効果が持続する可能性が得られることが分かりました。将来、クーロンブロッケード現象を用いた磁気ヘッドが実現されれば、GMRヘッドのように薄膜積層構造の必要がなく、単一電子トランジスタの単純な薄膜構造であることから、本成果は、超高密度磁気記録の実現に道を拓くものです。
なお、本成果は、Physical Review Letter (2006年8月8日)に掲載されました。
*1 絶縁体上に導電体ナノドットを配置した構造(単一電子素子構造)において、導電体に電子が注入された状態で、次の電子をナノドットに注入しようとすると電子同士の静電反発力のため、電子を注入することができず、絶縁体となる現象。
*2 パーマロイなどの強磁性体に磁界を印加したとき、磁化の向きによって抵抗が変化する現象。強磁性体の電子状態が磁化の向きに応じて変化すること(磁気異方性)に由来する。HDDのMRヘッドに応用され実用化された。
*3 電子の持つ電荷とスピンの両方の性質を応用した新機能、高性能なデバイス。
*4 鉄、コバルト、およびニッケルを主とする金属・合金材料からなり、外部磁界を印加すると印加方向に磁化する性質を持つ物質。
以上