NICT、テラヘルツ波の分光技術が古典絵画の材料の識別手段として確認
テラヘルツ波技術で西洋古典絵画の材料を見分ける
独立行政法人情報通信研究機構は、東北大学大学院農学研究科の協力を得て、テラヘルツ(注1)波の分光技術を西洋古典絵画およびその修復履歴の非破壊調査に応用できることを見出し、基本となる顔料および展色材100種類以上のテラヘルツ波スペクトルを取得しました。ほとんどの顔料にいわゆる”指紋スペクトル”があることや、混色時の材料の識別が従来の赤外線による分光(注2)と比較して容易であること等が明らかになり、テラヘルツ波の分光技術は古典絵画の材料の識別に有力な手段であることが確認されました。今後は、データベース化をすすめ、順次公開していく予定です。
<背景>
テラヘルツ波は、光と電波の中間に位置する電磁波で、計測や通信等における新たな利用技術の研究が進められています。テラヘルツ波を用いた分光は、分子そのものの性質を反映するため、X線や赤外線などの分光技術と比べ、物質固有の情報が得られやすいと期待され、次世代分光技術として注目されています。西洋古典絵画は、無機、有機の顔料を主に有機物の展色材を用いて木、布、漆喰等の上に描かれており、ほぼ全ての作品に何層にもなる修復の歴史があります。従来より絵画の分析には分光技術が用いられてきましたが、X線は無機材料、赤外線は有機材料に適しており、混合物そのものとしての分析は困難でした。テラヘルツ領域では、各種の顔料と展色材の間でスペクトルに大きな違いがあるので、非破壊分析が可能となります。実際に作品に用いられた材料の分析を行うためには、顔料、展色材のデータベース構築が必要不可欠です。
<今回の成果>
昨年末より、古典顔料を中心に絵画や彩色彫刻の顔料、および展色材のテラヘルツ分光を東北大学大学院農学研究科とともに行い、データベースの構築に着手しました。材料はランビエンテ修復芸術学院の協力を得て入手したFirenzeのZecchi社の純正品を基本としています。今回100種類以上の顔料のスペクトルを取得しました。テラヘルツスペクトルのデータベースとして、顔料では世界初、さらに規模としても最大規模となります。顔料スペクトルの一例をあげると、白は19世紀に亜鉛化合物が作られるまでは鉛白が用いられ、最近ではチタン化合物が多く用いられています。これらは全て異なるスペクトルをもつため、肉眼では同じ白であってもテラヘルツ波で見れば、どこにどの時代の顔料が使われているかなどが非破壊でわかります。そのデータは、作品の歴史を明らかにし、さらに修復家の材料選択に有益な情報を提供します(別添 補足資料:スペクトルデータ例、擬似カラー表示例)。
顔料や展色材は食品、薬品等にも利用されており、データベースは安全安心に資する幅広い分野で利用できます。
<今後>
今後も顔料、展色材のデータベースを充実させていくとともに、混合物のスペクトル解析、さらに実際の作品への応用可能なテラヘルツの反射波を用いた測定装置、およびイメージングシステムの開発も推進していく予定です。また、データベースの様々な分野への拡充を図り、テラヘルツ波技術の産業展開ならびに国内外の研究連携を促進していきます。
<本件に関する問合せ先>
情報通信研究機構 テラヘルツプロジェクト
新世代ネットワーク研究センター
Tel: 042-327-6508
電磁波計測研究センター
Tel: 042-327-6259
Fax: 042-327-7587
【用語解説】
注1. テラヘルツ領域
概ね0.1THz~10THzの周波数帯の電磁波を示す。その波長は3mm~30μmであって電波と光の境界に位置します。テラヘルツは1秒間に1兆回振動する波の周波数、10の12乗ヘルツ(1012 Hz)で、THzと記述します。英語では、terahertz(“tera”は10の12乗を表す英語の接頭辞)と書きます。
注2. 分光
物質に光や電磁波をあてて、その反射や吸収の特性(応答)を測定する方法を分光といいます。その応答(スペクトル)は、物質固有のパターンと物質量に比例したピーク強度を示すため、物質の定性あるいは定量評価に分析化学から天文学まで広く応用され利用されています。テラヘルツ領域では光より波長が長く、分子そのものの動きに応じたスペクトルが得られると考えられています。