産総研、病院や放送局などに最適な「大容量高速データ配信システム」を開発
■病院や放送局などで大容量データを瞬時に配信するシステムを開発
-中央データサーバーが自身の端末PCであるかのような使い勝手の良さ-
● ポイント
・構内中央データサーバーから端末PCへの、簡便な光配信システムを開発。
・大容量画像データを扱う構内通信において、現行のパケット方式通信(イーサネット)に比較して実効速度を約10倍改善。
・光制御型光スイッチと、光-電子変換トランシーバーにより、専用回線で伝送されるため、情報漏洩の危険性が低い。
<概要>
独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 渡辺 正信】平賀 隆 主任研究員は、大日精化工業 株式会社【取締役社長 高橋 靖】、株式会社 トリマティス【代表取締役 島田 雄史】、株式会社 スペースクリエイション【代表取締役 青木 邦章】、株式会社 インターエナジー【代表取締役社長 益田 康雄】、日星電気 株式会社【代表取締役社長 河野 勝男】と共同で、病院や放送局などで必要とされる大容量画像データの伝送に最適な「大容量高速データ配信システム」を開発した。
現行のパケット方式通信(イーサネット)は汎用性に優れてはいるが、大容量画像データを扱う通信では待ち時間が多く遅くなってしまう。
本システムは、光制御型光スイッチと「光-電子/電子-光」変換を行うトランシーバーを組合せている。これにより、端末PCハードディスクのデータ伝送速度である1.5Gbpsの高速性を最大限に生かせる光通信を可能とし、使用感も中央のデータサーバーがあたかも自身の端末PCに接続されているかのようである(図1参照)。
本システムは、1月17日-19日に開催されるエレクトロテストジャパン、および1月24日-26日に開催される第7回ファイバーオプティクスEXPO(いずれも、東京ビッグサイト)にて実際に作動させ展示を行う。
*関連資料「図1 本システムの構成」参照
<開発の社会的背景>
医療機関や放送局などにおける画像データの活用はめざましい。特に、医療機関においては、MRIやX線CTで大量の断層写真を撮影し、端末機器を使用した3次元画像表示やその回転表示により、患部の詳細な検討や患者への説明に活用される。各種の検査装置により撮影された画像データはデータサーバーに保存され、臨床医による解析や、診療室での説明に用いられている。このように、大容量画像データがネットワーク経由で伝送されるようになり、使用に際してストレスを感じさせない高速・大容量ネットワークへの要望が高まっている。そのために、基幹線で用いられている方式と同様のパケット通信方式が導入されているが、装置価格が高い、消費電力が大きいなど、コスト的な負担も多く、大規模病院を除き導入は進んでいない。
<研究の経緯>
産総研と大日精化工業株式会社は、2003年2月有機薄膜光学素子が制御光を選択吸収することによって薄膜素子内で起こるマイクロ熱レンズ効果(微小円錐レンズが形成される)と穴開きミラーを利用する光制御型光スイッチを開発した。
2004年7月には装置サイズを「手のひらサイズ」に小型化した。また、現在のデジタル信号光として光通信で用いられている波長帯1.31μm帯及び1.55μm帯での動作を可能とした。これにより家庭内や事務所、病院などの構内ネットワークにおける新しい通信システム構築の可能性を示した。
<研究の内容>
今回、光制御型光スイッチ(図2、3参照)を複数個組み合せて光ファイバー網を構築することにより、大容量データを伝送する光ネットワークを開発した。電子部品を用いないために、電磁ノイズの発生を嫌う病院内、周囲の電磁ノイズにより電子機器が障害をうけるような工場、高レベル放射線を扱う施設における光ネットワークとして期待されている。
*関連資料「図2 光制御型光スイッチ外観」「図3 光制御型光スイッチ内部」参照
今回開発した「大容量高速データ光配信システム」は、現行のシリアルATA(eSATA)ハードディスクのデータ伝送速度である1.5Gbpsの高速性を最大限に活用するために、データサーバー(eSATA HDD)の出口で、電子→光変換を行い、光信号(1.31μm帯及び1.55μm帯)のまま各端末PCに配信する。いずれかの端末PCが、イーサネットを経由して、自身の端末PCに接続すべき旨の接続指令を送出(検出)すると、自身に接続されている光スイッチには、端末PCから制御光(波長0.98μm)が照射され、光配信ネットワークのスイッチ切替えが行われる。これによって、その端末PCにデータサーバーからの送信データが格納される。データサーバーと端末PCとの間で光ファイバー線路だけでデータ通信を行うので、高速に送受信できる。各端末PCから見ると、データサーバーはあたかも自身の端末PCに接続されているかのように使える。
*関連資料「図4.今回開発した、医療機関などの構内データ光配信用の大容量高速データ配信システム」参照
現在広く基幹線で用いられている通信方式はイーサネット(パケット方式通信)であり、市内の公衆電話回線網もIP電話(パケット方式通信)に替りつつある。通話やパソコン通信などのように接続時間が長い割にデータ伝送量が少なく、かつ遠距離間で通信を行う場合にはパケット方式通信が有利である。
これに対して、画像などの大容量データを短時間で伝送する必要がある構内通信の場合には、専用回線を用いた回線交換方式が有利となる。例えば、本システムでCD1枚相当のデータ(約650MByte)を伝送するのに要する時間は数秒である。これに対して、最良の回線状態で100Mbpsのイーサネットでは1分程度、1Gbpsのイーサネット(ギガイーサネット)でも30秒程度の時間がかかる。共用回線を用いたパケット方式通信の場合、回線の混雑状況により通信速度は大きく変わる。複数のユーザーが同時に大容量データをイーサネットで伝送すると他のユーザーの通信速度も非常に遅くなる(輻輳現象)、輻輳現象を防ぐには帯域制御など複雑な仕組みが必要となる、などの欠点を有している。本システムでは、特定ユーザーが数秒間通信回線を占有する(即ち、「話し中」となる)が、終了後直ぐに開放されるので輻輳現象なしに他のユーザーが使用可能となる。
本システムによる通信インフラを活用した大容量高速データ光配信は、構内データ伝送システムに最適であり、患者情報漏洩の危険性が低いことから、中規模病院などへの普及が期待される。
なお、本研究開発は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の独創的シーズ展開事業(権利化試験;平成17~18年度)による支援を受けて行ったものである。
<今後の予定>
現在、千葉県の中規模病院で実証実験中であり、また放送局などでの実証実験も計画中である。これらを基に、2~3年後の実用化を目指している。
<用語の説明>
◆構内通信
広域ネットワークに接続されない、事業所などの内部のみで構築されるネットワーク。LAN(Local Area Network)は、広域ネットワークにも接続されるため、構内通信とは区別される。
◆パケット方式通信
従来の電話のように回線を占有して接続するのでは無く、ある単位でまとめて情報を送ることにより、1本の回線を複数の加入者が使えるようにしたもの。IP電話などがその例であり、端末PCからのデータをPAD(Packet Assembly Disassembly)でパケットに変換して伝送し、交換設備の記憶装置に蓄積し、中継伝送路の空いている時間に送り出し、受信側の交換機の記憶装置に蓄積された後送出され、PADで元のデータに変換され相手先の端末に届く方式である。
◆光制御型光スイッチ
スイッチ制御に光を用いて、光信号のオン・オフを行うもの。電子部品を一切使用しないため、電磁ノイズの影響を受け難く工場などの構内LANに向いている。また、電磁波を出さないので、病院などの電波障害を嫌う構内での使用に適している。
◆トランシーバー
2つ以上の端末間を、無線や有線(電気信号・光信号)で接続して信号のやりとりを行うための機器のこと。
◆bps; bit per sec
bpsとは、通信回線や、データ伝送に用いられる伝送速度の単位のことである。ビット毎秒とも言われ、1bpsは1秒間に1ビットのデータを転送できることを表している。
◆MRI; Magnetic Resonance Imaging
NMR(Nuclear Magnetic Resonance);核磁気共鳴法を応用して、人体内の組織の画像化を行う診断方法。
◆CT
Computed Tomography(コンピュータ断層撮影)は放射線などを利用して物体を走査しコンピュータを用いて処理することで、内部構造を輪切りにしたような画像を構成する技術・機器のこと。
◆有機薄膜光学素子
熱伝導率の小さい、高沸点有機溶剤中に色素を溶解させた薄膜を熱伝導率の高い石英ガラスではさんだ構成の光学素子である。色素は、信号光に対して透過率が高く、制御光に対して吸収が大きいものを選定する。ギャップ0.1mm程度の石英セル内に、真空処理を行って脱水・脱酸素状態で封止した構造とする。
◆マイクロ熱レンズ効果
照射された光が物体に吸収されると、光吸収の起きた部分とその周辺部分の密度及び屈折率が変化する。中心の強度が大きい光を照射すると、光の中心が通過する部分の屈折率が周辺部分の屈折率よりも大きく変化し、レンズ作用を発揮する。これを熱レンズと呼んでいる。凹レンズ作用の他に、円錐型熱レンズによって、光はドーナツ状に変形される。熱レンズの応用としては、熱レンズ顕微鏡が一部で利用されている。光を吸収する分子の数が増えると、温度が上昇しレンズの焦点距離が変化すること等を利用して、分子数の測定等に応用されている。
◆eSATA; external Serial ATA
シリアルATA(SATA:Serial Advanced Technology Attachment)とは、パソコンにハードディスクを接続するためのインターフェース規格。ATA規格の発展として、信号経路をシリアル化し、通信速度向上・ケーブルの取り回しの改善が図られている。ソフトウェアからは従来のATAと同等に制御できるようエミュレートされる。
External Serial ATAはSerial ATA 1.0aの拡張規格で、シリアルATAを外付けドライブとして利用可能にするための規格である。特徴は以下の通り:
・誤接続を防ぐため、eSATAのコネクター形状はシリアルATAのコネクター形状とは異なる。
・接続ケーブルの長さが最大2m。
・パソコンの電源を入れたまま、接続ケーブルを抜き差し出来るホットプラグに対応。
・現在主流のUSB2.0接続の2倍以上の速度で通信可能。
◆回線交換方式
従来の電話網に用いられている方式(IP電話とは異なる方式)。端末間を一定の速度の回線で相互接続する方式であり、回線利用中(通話中)は(沈黙などで)通信が行なわれなくても回線を占有することになり、回線利用効率が悪く、パソコン通信などのデータ通信には不向きである。
<問い合わせ>
独立行政法人 産業技術総合研究所 広報部 広報業務室
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