理化学研究所、力学シミュレーションのため人体の物理的特性情報をデータベース化
人体力学シミュレーションのための物性値データベースの構築
-人間の体の力学的特性をデータベース化-
◇ポイント◇
●人体の各種組織・臓器の堅さのデータベースを構築
●人体の全身力学シミュレーションの道を開く
●福祉機器・ユニバーサルデザイン製品開発等を促進
独立行政法人理化学研究所(埼玉県和光市:野依良治理事長)と静岡県静岡工業技術センター(静岡県静岡市:安間守所長)は共同で、人体の力学シミュレーション(強度解析)に必要となる人間の体の物理的特性の情報を統合したデータベースを作成人間の体の物理的特性の情報を統合したデータベースを作成しました。これは理研生体力学シミュレーション特別研究ユニット(姫野龍太郎ユニットリーダー)、理研知的財産戦略センターVCADシステム研究プログラム生物基盤構築チーム(横田秀夫チームリーダー)と静岡工業技術センターの機械金属技術スタッフの研究成果です。
力学シミュレーション(強度解析)は、機械構造物等の解析には一般的に活用されている技術であり、例えば、自動車部品では、軽量化など設計支援や試作レスなど開発期間の短縮等に大きな効果を発揮していることが知られていますが、人体に関しては、解析に必要となる身体組織の物性値が公開されていなかったことが、シミュレーション技術の適用に大きな障害となっていることに着眼し、平成17年度より研究を進めてきました。 人体の力学シミュレーションにより、体に何らかの力がかかったときに、骨や筋肉など体の各部にどのように力が伝わるかをコンピュータシミュレーションで予測することが可能になります。
今後、理研で開発を進めている人体の形状モデルと併せて力学シミュレーションのための人体モデルの構築を目指します。さらに、静岡工業技術センターでは、静岡県内企業等に広く呼びかけるなど、同技術の医療への応用、保護装具など福祉機器・ユニバーサルデザイン製品開発等への活用促進を図ります。
本成果については、11月9日(木)の理研シンポジウム「生体力学シミュレーション研究」で発表するとともに、企業への普及に向けて、11月27日(月)の「テクノサロン静岡2006」(会場:ブケ東海静岡)にて、研究成果の展示、解析結果のデモンストレーション等を行います。
1.背 景
力学シミュレーションは、自動車の衝突解析や製品の開発など様々な分野で使われています。理研では、1999年より、人体の力学シミュレーションを目指した「生体力学シミュレーション研究」が行われてきました。これまでの研究により、眼球の網膜剥離手術のシミュレータ、心臓内の血流のシミュレーション、歩行時の筋肉のシミュレーションを実現してきました。現在、人体全身の力学シミュレーションを実現することを目指して、人体モデルの構築を行っています。この人体の全身モデルには、人体の形状情報と物性情報が不可欠です。これまでに、人体の形状データとして、米国立衛生研究所(NIH)のVisible Human(ヴィジブル・ヒューマン)や独立行政法人情報通信研究機構(NICT)の数値人体モデルが公開されていますが、人体の物性情報のデータベースはありませんでした。
そこで、理研中央研究所 生体力学シミュレーション特別研究ユニット(姫野龍太郎ユニットリーダー)、理研知的財産戦略センター VCADシステム研究プログラム 生物基盤構築チーム(横田秀夫チームリーダー)と静岡県工業技術センターのグループが共同で、人体の力学シミュレーションのための物性値データベースを構築しました。
2.研究手法
これまでに人体の物性値情報は、個別の研究として世界中の研究者が論文として公表してきました。しかしながら、これらの情報は、個別の臓器の特性をグラフで記載されているために、力学シミュレーションにそのまま用いることはできませんでした。
そこで研究グループは、既存の文献情報を収集すると共に、力学シミュレーションに必要な“応力―ひずみ“の関係についてまとめました。また、最初のステップとして、線形のシミュレーションに必要なヤング率※1について、グラフの値から近似した式を算出しました。このときに、生物の臓器は非線形の挙動を示すことから、ひずみ量を大まかに区分けして、その区間内の直線近似値として求めた値をデータベースに格納しています。
3.研究成果
人体の主要な臓器22種類のヤング率からなるデータベースを構築することができました。このデータベースには、出典となる論文、測定方法も記載されていますので、近似式の妥当性の検証やユーザーにより詳細な近似式を求めることも可能です。
これまでに構築した物性データを用いて、大腿部のシミュレーションモデルを構築して、転倒時の骨折を防ぐパッドの有無による筋肉や骨にかかる力のシミュレーションを実現しました(図1)。皮膚、脂肪、筋肉などの軟組織、海綿骨皮質骨などの硬組織合計8種類の物性値を用いたシミュレーションを実現することに成功しました。
4.今後の期待
現在理研で開発を進めている「1mm分解能の人体全身の形状モデル」(図2)と、今回開発した物性値データと併せて、全身の力学シミュレーションを実現することを計画しています。また、より詳細な物性情報を取得してデータベースの更新をはかると共に、このデータベースを公開することを予定しています。さらに、世界中の研究者へ呼びかけ、各研究者が所有する個別の物性データを統合した人体の物性値データベースの構築と精緻化についての枠組みを提案します。
本データベースの構築により、体を守るための装具の開発、人工関節の設計、手術シミュレーションの実現に貢献できると考えています。
*補足説明は、添付資料をご参照ください。