理化学研究所、結晶中の原子位置が磁場で段階的に変化する現象を観測
結晶中の原子位置が磁場で段階的に変化
- 三角格子磁性体で世界で初めて観測に成功 -
◇ポイント◇
・世界最強の38テスラの超強磁場中での放射光回折で初測定
・結晶中の原子の位置を磁場で操作することが可能に
・新しいメモリー素子や磁気ヘッドの開発に期待
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長。以下「理研」)は、38テスラ※1という超強磁場中に磁性体をおいて放射光X線回折※2測定を行い、結晶格子定数※3が階段状に変化する現象を観測しました。すなわち、磁性体の原子の位置を磁場で操作できるという可能性を得ることができました。これは、播磨研究所放射光科学総合研究センター量子材料研究グループ量子磁性材料研究チームの勝又紘一チームリーダーと、国立大学法人東京大学物性研究所金道浩一教授、国立大学法人大阪大学極限量子科学研究センター萩原政幸教授、スイス放射光施設SWISS LIGHT SOURCE(以下「SLS」)、財団法人高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」)との共同研究による成果です。
観測は、三角格子磁性体で知られる銅と鉄の酸化物(CuFeO2:デラフォサイト)を磁性体のモデル材料として使いました。この化合物は正三角形の頂点に磁性原子の鉄(Fe)が並んでいる構造をしています。正三角形の頂点に磁性原子が並ぶと、磁石「スピン※4」の向きを決めることができずに、スピンが苛々する「フラストレーション」が生じます。「フラストレーション」は、新奇な磁性や超伝導発現などの原因として、さまざまな研究が行われていますが、そのメカニズムについては明らかになっていませんでした。
磁場がないときに、フラストレーションを解消するためには、結晶格子を歪ませて、スピンが揃うようにしなければなりません。研究グループは、世界最強の38テスラの磁場を使い、フラストレーションを磁場で解消させる様子を放射光X線回折測定で観測しました。その結果、結晶格子が磁場に応じて連続的に変化するのではなく、ある程度の強度の磁場になると急に変化する様子を世界で初めて観測しました。つまり、結晶内のスピンに磁場をかけることによって、原子の位置を操作出来る可能性が得られたのです。磁場中における異なる結晶歪みの状態を利用すれば、新しいメモリー素子の開発に繋がると期待されます。また、結晶格子が磁場で特異的に変化する性質を利用すれば、新しい磁気ヘッドの開発にも繋がるでしょう。
本研究成果は、アメリカの学術雑誌『Physical Review B』に近く掲載予定です。
1.背 景
正三角形の頂点に磁性原子が並んだ磁性体において、2つの磁性原子のスピンが互いに反対の方向を向こうとする場合には、残りの磁性原子のスピンがどの方向を向けば安定になるのか解らずに、いわば、スピンが苛々する「フラストレーション」が生じます(図1(a))。フラストレーションのある磁性体では、絶対零度までスピンがばらばらな状態となり、磁気秩序を確保できないと理論的には予想されています。ところが、現実の三角格子磁性体では、ある温度で磁気秩序が起こります。これは、図1(b)のように、自ら結晶格子を歪めることで、スピン間の相互作用がアンバランスになり、フラストレーションが解消されるからです。フラストレーションが生じている状態に外部から強磁場をかけると、スピンは磁場方向に揃うようになり、フラストレーションが解消され、歪んでいた結晶格子は元に戻ります。
スピンのフラストレーションは、超伝導を引き起こしたり、物質の磁性を逆転させたりするなど、興味深い物理現象を引き起こすことが知られていました。このように、スピンのフラストレーションは物質の構造が生みだす現象であり、現代の物性物理において注目を集めている現象ですが、構造とスピンのフラストレーションの関係は、明らかにされていませんでした。
2.研究の手法
測定に用いた試料は、代表的な三角格子磁性体で知られる銅と鉄の酸化物(CuFeO2:デラフォサイト)で、その結晶構造を図2に示します。この磁性体は、磁性を持った原子の鉄(Fe)が、結晶の特定面内で三角格子状に並んでいます。この物質は、マイナス259℃(14ケルビン)で磁気秩序を示し、それ以下の低温では、磁場中で磁気構造が多段階に変化することが知られています。磁場による結晶構造の変化を観測するためには、X線や中性子線を使った回折実験で結晶構造の形を表す「格子定数」を測定します。ところがこれまでは、20テスラ以上の強磁場中で正確に格子定数を知ることができる回折実験は成功していませんでした。
研究グループは、大型放射光施設SPring-8※5で発生する強力なX線とパルス磁場を組み合わせ、世界最強の38テスラまでの超強磁場中の回折実験に成功しました。X線回折測定は、SPring-8の理研ビームラインBL19LXUに整備した、超強磁場中で行いました。磁場を発生させるために使ったパルス磁石は、東大・物性研、阪大・極限センターと理研との共同研究により開発しました(図3)。試料から回折されたX線は、SLSとJASRIにより共同開発した、二次元高速検出器PILATUS100Kで検出しました。
3.研究成果
X線回折データの解析から、結晶の構造を表す「b軸方向の格子定数」と呼ばれる数値が、磁場と共に、階段状に変化する現象を観測しました(図4)。連続して格子定数が変化するのでなく、ある磁場で急に変化して段階状の変化を示すという現象を見つけたのです。この物質では、磁気構造が外部から与えた磁場で変化し、それに伴って磁化(磁石の強さを表す量)が増加します。この磁化の変化に同期して格子定数が階段状に変化する様子が分かりました。つまり、結晶の格子が、磁場に応じて連続的に変化するわけではなく、ある程度の強度になって初めて、形を変えることが明らかになったのです。
4.今後の期待
この結果から、結晶格子構造、つまり結晶内の原子の位置を磁場で操作出来る可能性が得られました。磁場中における、異なる結晶歪みの状態を利用すれば、新しいメモリー素子の開発に繋がると期待されます。また、結晶の長さが磁場で階段状に変化する性質を利用すれば、新しい磁気ヘッドの開発にも繋がるでしょう。
*補足資料あり。