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2007'04.17.Tue

理化学研究所、シャーレの中で収縮する筋細胞を作る分化誘導法を確立

細胞内ストレスを利用して収縮する筋細胞を作る
- 「善玉」ストレスの効用を実証 -


◇ポイント◇
 生体内の現象に基づいた筋肉形成法を考案、シャーレの中で筋収縮
 ストレス刺激で筋繊維形成が促進
 筋肉が関わる病気の治療や健康増進への応用にも可能性

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、細胞内ストレスが筋肉作り(筋分化)の促進に有効であることを示し、シャーレの中で収縮する筋細胞を作る分化誘導法を確立しました。理研中央研究所バイオ解析チーム(堂前直チームリーダー)の中西慶子協力研究員と同チーム兼バイオアーキテクト研究推進グループ細胞がつくるものチームの森島信裕専任研究員らによる成果です。
 筋肉は筋芽細胞(筋肉のもとになる細胞)が細胞融合を起こして多核細胞の筋管となり、筋管がさらに成熟して収縮能を持つ筋繊維を形成する段階を経て作られます。シャーレの中で培養した哺乳類や鳥類の筋芽細胞を細胞融合させる条件は約30年前に確立されました。しかし、この条件では筋管までは容易に形成できるものの、筋繊維の形成効率は低く、シャーレの中で筋収縮を起こさせることがなかなかできませんでした。
 研究チームはすでに、生体内で筋肉作りが起こる時に細胞内ストレスの一種、小胞体ストレスが生じていることを発見しています(平成17年5月23日プレス発表)。ところが、シャーレの中で筋分化させる従来の条件の中には、小胞体ストレスが全く考慮されていませんでした。研究チームは、マウスの培養筋芽細胞に小胞体ストレスを起こす薬剤を投与してから筋分化を誘導するという新しい方法を考案しました。薬剤を投与した新しい条件のもとでは、筋芽細胞内に強く一過的な小胞体ストレスが生じている状態から筋分化過程が進みます。このようにして形成させた筋管は、従来の方法によって作られるものに比べ桁違いに大きい上、成熟した筋繊維に効率よく分化することが分かりました。シャーレ内で分化した筋繊維は、糖尿病治療薬など筋肉における糖代謝改善薬の検定に用いることが可能です。また、小胞体ストレスを利用した分化誘導法は生体内での筋繊維形成法、筋分化促進法の開発につながる可能性があり、医療や健康増進への応用にも期待が持てます。本研究成果は、米国の科学雑誌『The FASEB Journal』(9月号)に掲載される予定です。


1.背 景
 骨格筋は筋繊維と呼ばれる細長い多核細胞(たくさんの核を含む細胞)の束から構成されています。筋繊維細胞は、筋芽細胞が繰り返し細胞融合を起こして一つになったもので、細胞分裂をしない分化状態にあります。この筋分化過程をシャーレの中で再現しようという試みは1915年ころに始まり、培養液の開発を経て、1970年代に筋芽細胞を融合させる条件が確立されました。筋芽細胞は、高濃度の細胞増殖因子を含む増殖培地中では増殖しますが、その後、貧栄養にすると増殖は止まり、筋芽細胞同士が融合して多核の筋管細胞を形成します。筋管がさらに成熟し、細胞内に収縮タンパク質の繊維構造を作ると自立的に収縮する筋繊維細胞になります(図1)。筋分化過程が、シャーレの中で再現できるようになったことで、この過程に関わる遺伝子やタンパク質の研究が進んできました。また、分化させた筋繊維を用いて筋萎縮※1を治療する試みも行われています。
 筋分化研究の多くでは、株化※2した筋芽細胞が用いられますが、従来の分化誘導条件では筋管形成のステップで止まってしまう場合がほとんどです。分化誘導条件にはまだ足りないものがあることを示唆していました。研究チームは筋分化に伴って起きているアポトーシス※3の研究を進める過程で、筋繊維形成条件に小胞体ストレスを加えるというアイデアを得ました。


2.研究手法
 筋分化に伴うアポトーシスは、100年以上前に観察データが発表されていましたが、その原因が小胞体と関係することが分かったのは最近です。細胞表面にある膜タンパク質や細胞外に分泌されるタンパク質は、前もって小胞体の中でそれぞれに固有の立体構造を形成します。正常な立体構造を形成できなかったタンパク質は小胞体内に留められます。構造が異常なタンパク質が蓄積した状態を「小胞体ストレス」と言い、ストレスが強いとカスパーゼ12と呼ばれるタンパク質分解酵素が活性化してアポトーシスが起こります。研究チームは、マウス胚の筋肉組織で起きているアポトーシスが小胞体ストレスを原因とするカスパーゼ12の活性化によることを突き止めました(平成17年5月23日プレス発表)。
 マウス胚で生じるこの小胞体ストレスは、一過的であり、筋分化の初期にだけ起きていました。小胞体ストレスが筋肉組織でどのようにして生じているのかは謎ですが、小胞体にある酵素の働きを止める薬剤を用いると人為的にストレスを起こすことが可能です。そこでマウス由来の株化筋芽細胞を小胞体ストレス誘導剤(ツニカマイシン、タプシガルジン)で短時間処理し、その後に増殖因子の少ない貧栄養培地に移して分化させ、(1)分化に伴うアポトーシスの起こり方、(2)筋管、筋繊維形成に与える影響を解析しました。


3.研究成果
 増殖培地中で培養している筋芽細胞に小胞体ストレス誘導剤を与えて20時間程度置くと全ての細胞がアポトーシスを起こして死んでしまいます。そこで、ストレス処理時間を30分から数時間程度にし、その後、貧栄養培地(小胞体ストレス誘導剤は含まない)に移すことにしました。

(1)分化に伴うアポトーシスの起こり方
 分化誘導を開始して1、2日の間に30-40%程度の細胞がアポトーシスを起こしましたが、3日目以降にはぴたりと細胞死が止まりました。アポトーシスを起こした細胞内ではカスパーゼ12が活性化していました。ストレスを付加しない従来の条件に比べてアポトーシス細胞は2、3倍多くなっている一方で、アポトーシスが起きる日数は大幅に短くなっていました。すなわち、ストレスで死ぬべき細胞が効率よくアポトーシスを起こしたと解釈できます。

(2)筋管、筋繊維形成に与える影響
 従来の分化条件では、筋管を作らせることはできますが、収縮能を持つ筋繊維の形成は非常に稀にしか起こりません。これに対し、ストレスによって選別した生細胞は従来法による筋管に比べて長さ、太さとも数倍から数十倍大きい多核細胞を効率よく形成することが分かりました(図2)。細胞中には規則的な繊維構造ができていて、このような細胞はシャーレの中で収縮を繰り返すことから成熟した筋繊維であることが示されました(図3)。このように小胞体ストレスを利用すると簡単な操作で効率よく筋繊維を作れます。この理由はシャーレの中の条件がより生体内の状況に近づいたためと考えています。

 小胞体ストレスは、筋芽細胞をストレス耐性の違いによって効率よく選別し、さらに筋繊維形成を促進しました。小胞体ストレスは役に立つ善玉ストレスとも言えます。


4.今後の期待
 シャーレの中で作られた筋繊維は、筋肉をターゲットとする薬品の開発に用いることが可能です。例えば、筋肉は食事をした後に糖を活発に取り込む組織として知られています。シャーレ中の筋繊維は、糖の取り込みや糖代謝に効果のある薬剤の検定と詳細な解析に用いることができ、糖尿病などの治療薬の開発に役立ちます。
 また、筋分化を効率よく起こさせる方法の開発は、健康の増進や筋肉が関わる病気の治療に貢献する可能性があります。健康な人々にとっても怪我や老化による筋肉の減少は起こりえます。そう遠くない将来には、宇宙を旅する人も少しずつ増え、無重力空間での廃用性※4筋萎縮がますます問題となってきます。従って宇宙環境における健康問題の解決にも貢献できるのではないかと考えています。また、本来筋肉となるべき組織で筋分化の効率が低い病気、または筋肉以外の組織ができてしまう難病などの治療法を開発する上で、善玉ストレスの利用が一つのヒントになるかも知れません。


*補足説明、参考図は添付資料をご参照ください。

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