産総研、ナノ粒子を利用して反射防止機能付レンズの大量生産技術を開発
ナノ粒子を利用して反射防止機能付レンズの大量生産技術を開発
-ナノ構造を付けた金型で高性能レンズを安価に製造-
●ポイント
・金属ナノ粒子を利用して、反射防止機能をもたらすナノ構造付のレンズ金型を作製した。
・複雑な形状や大面積の金型にもナノ構造を付けることができる。
・この技術により反射防止機能をもつレンズや液晶パネル、自動車のメータパネル等が低コストで供給可能になる。
【 概 要 】
独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)近接場光応用工学研究センター【研究センター長 富永 淳二】スーパーレンズテクノロジー研究チーム 栗原 一真 研究員、中野 隆志 研究チーム長は、伊藤光学工業株式会社【代表取締役社長 伊藤 寛】(以下「伊藤光学工業」という)と共同で、東海精密工業株式会社(以下「東海精密工業」という)の協力を得て、金属ナノ微粒子を利用して、ナノ構造による反射防止機能を付与したレンズの大量生産技術の開発に成功した。
開発した反射防止機能付レンズ生産技術は、真空プロセスのみで形成したナノ粒子をマスクとして利用し、エッチング法によりナノ構造を付けた金型を作製する方法であり、複雑な形状の金型表面にも、反射防止機能を付与するナノ構造を作製することができる。また、本技術を用いて作製した金型は、射出成形に利用できるため、高性能レンズを大量生産することが可能になった。
本技術を用いることにより、従来レンズの反射防止機能付与に必要であった多層膜をコーティングする工程が生産プロセスから無くなるため、レンズ単価の一層の低価格化が予想される。また、従来法では、実現できなかった曲率半径の小さいレンズ等の高性能化も期待でき、昨今需要の増しているコンパクトカメラやカメラ付き携帯電話への応用が見込まれる。
なお、4月25日~27日にパシフィコ横浜にて開催されるレンズ設計・製造展2007にて、サンプル品の展示をシム・オプチカル株式会社のブースにて行う予定である。
【 開発の社会的背景 】
近年、ナノメートルスケールの微細構造物が持つ特有の現象を利用する新しいデバイスの開発が盛んに行われている。たとえば、光の波長より小さいナノメートルサイズの構造物を光学デバイス表面に配置して、光の反射を低減させる反射防止ナノ構造、ナノ構造パターンで人工的に光の進行方向を制御するフォトニック結晶、他の光学部品の表面に作り込んだ1/4波長板などのさまざまな応用が提案されている。
その中でも光反射防止構造は、従来技術に比べ広い角度範囲・広い波長域で反射率を低減できるため、太陽電池の高効率化やディスプレイの高輝度化、光学レンズの高性能化などへの適用が期待されている。また、曲率半径の小さいレンズや非球面レンズ等、これまでの多層膜コート技術では、性能が悪く十分な反射防止が実現出来なかった光学部品への応用も期待されている。
このようなナノメートルサイズの微細構造の作製には、一般的には、リソグラフィーといわれる微細パターンを描画する技術が必要であり、これまで真空紫外光などの短波長の光(光リソグラフィー法、干渉露光)や電子線(電子線リソグラフィー法)を用いた手法が利用されている。しかし、これらリソグラフィー装置は極めて高価であることから、多品種・小ロットの光学レンズ産業においては、高コスト化の原因になる。特に反射防止構造の作製には、より一層の低価格で製造できる技術が求められているため、従来のリソグラフィー技術の適用は難しい。そのため、低コスト、簡便、かつ特殊で高価な装置を使わない、ナノ構造付反射防止レンズ金型作製技術・製造技術が求められていた。
【 研究の経緯 】
産総研は、Blu-rayやHD_DVDに続く、次世代高密度光ディスクの研究開発を進めている。それと共に、光ディスク研究開発で得られた成果を他の産業分野へと展開することも進めてきた。産総研と伊藤光学工業は、産総研の持つ、光ディスク開発で得られた微細ナノ粒子形成技術と、伊藤光学工業と東海精密工業が持つ金型製造技術・成形技術を融合することで、新たに、特殊な設備を使わずに、低コストで、しかも簡便に作製できるナノメートルサイズの微細構造をもつ反射防止機能付レンズの大量生産技術が開発できると考え共同研究を行ってきた。
【 研究の内容 】
開発した反射防止機能付レンズ生産技術は、真空プロセスのみで形成した金属ナノ微粒子(図1)をエッチング用マスクとして利用し、ナノ構造付の金型を作製する方法である。そのため、複雑な形状の金型表面にも、反射防止機能を付与するナノ構造を作製できる。また、射出成形の金型材料であるステンレス基板等の表面にもナノ構造を作製出来るため、大量生産が実現した。図2に反射防止ナノ構造付金型の製造方法を示す。真空装置を用いてナノ粒子をレンズ金型表面に形成する。その後、形成したナノ粒子をエッチング用のマスクとして用いて、ナノ構造を作製し、反射防止機能付レンズ金型を作製する。作製した反射防止ナノ構造付レンズ金型を用いて射出成形、あるいはキャスト成形を行うことにより、高性能レンズの大量生産が可能となる。
※図1~2は添付資料をご参照ください。
図3に作製した反射防止ナノ構造付金型を示す。本技術は、凹凸どちらの曲面にでもナノ構造物の作製が可能であり、反射防止機能付レンズの金型が実現出来ることが確認できる。また、本金型を用いて作製した射出成形品を図4に示す。図4(a)は平面の金型を用いて射出成形したものであり、(b)はレンズ金型を用いて射出成形したものである。反射防止ナノ構造付成型品と反射防止ナノ構造無成型品(図4(a)参照)を比べると、従来品は蛍光灯の明かりが強く反射して、下地の文字が見づらいが(図4(a)右側)、反射防止ナノ構造を設けた射出成型品(図4(a)左側)は、光の反射を抑えられ、下地の文字が見やすくなっている事がわかる。また、反射防止ナノ構造付レンズの射出成型品(図4(b))は、光の反射が抑えられ、下地の文字が見やすくなっている事がわかる。また、直径Φ50mmのレンズをキャスト成形した例を図5に示す。射出成型品と同様に、反射防止機能が得られることが確認できる。本開発技術は、容易に大面積化が可能である事がわかる。図6に成形品の光学特性の測定例を示す。反射率が低減され、同時に透過率が向上していた。これらのことから、本開発技術である金属ナノ微粒子を用いたナノ構造作製方法は、金型に直接、真空プロセスのみで、反射防止ナノ構造を作製でき、射出成形に用いることができた。また、成型品も必要な光学特性を示した。このことから、従来のプロセスで必須であった、反射防止多層膜コートの製造プロセスが不要になるばかりでなく、射出成形のみで同様の光学レンズが実現出来ることから、より一層の低価格化と高機能化の実現が期待できる。
このように、反射防止機能をもつレンズや液晶パネル、自動車のメータパネル等を低コストで大量生産することが可能になり、我国が得意とするディスプレイやデジタルカメラなどのレンズ等、さらに自動車産業にも光反射防止特性を安価に付加することができ、国際的な競争が激しい製品開発分野にも貢献できると考えている。
*図3~6は添付資料をご参照ください。
【 今後の予定 】
今回開発した金型を用いたプラスチック成型品は、2007年夏頃からサンプル出荷を行う予定である。また、ガラス用モールドプレス金型については、現在開発中である。
さらに、この技術の高度化をおこない、高性能・低コストのものづくり技術の復活に貢献していきたい。
【 用語の説明 】
◆反射防止ナノ構造
波長以下の周期を持つナノ構造により光の反射率を低減することができる構造体。広入射角・広波長域で反射率を低減することが可能なため、太陽電池やディスプレイ、レンズ等の光学部品への適応が期待されている。
◆フォトニック結晶
発光や光の伝搬といった光機能を人工的に制御するための新しい材料で、光の波長と同程度の周期的な屈折率分布をもった人工結晶体のことである。構成するパターンの構成によって、結晶中にある波長域の光が伝播しないフォトニックバンドギャップという部分が形成される。実質的に光が存在できないフォトニックバンドギャップの性質を利用し、結晶内部で光を制御する研究が進められている。フォトニック結晶は超小型の光導回路として、あるいはレーザーやセンサーの基盤材料といった発光デバイスの高性能化を実現する素材として、非常に注目を集めている。
◆光リソグラフィー法
半導体デバイス作製で主に使用されるパターン描画方法。通常、マスクと呼ばれる回路を描いた金属板を使い、この回路を縮小投影して、半導体基板に転写する。現在では、この方法により60nm線幅のデバイスが作製されているが、特殊で非常に高価な光源が必要とされたり、電子線描画リソグラフィー法で描かれたマスク等が必要であり、非常に高コストである。
◆電子線リソグラフィー法
電子線を用いて、回路パターン等を直接描画する方法。電子ビームなので、ナノメートルサイズのパターンを描くことが可能。
◆Blu-ray HD_DVD
DVDに続く次世代光ディスクの規格。
◆射出成形
軟化させたプラスチックを、圧力(射出圧という。10~3000kgf/c)をかけて金型に充填して、プラスチックの形成を行う方法。
◆キャスト成形
溶液に溶解させたプラスチック材料を、型に流し込み固化させプラスチックを成型させる成形法。
【 問い合わせ 】
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