理化学研究所、アレルギー・炎症性疾患の炎症反応を制御するメカニズムを解明
炎症反応を制御する新たなメカニズムを解明
- アレルギー・炎症性疾患の病態解明に新たな手掛かり -
◇ポイント◇
・免疫反応を正常に終息させる必須の分子は核内タンパク質「PDLIM2」
・炎症反応にかかわる転写因子を分解に導く新制御メカニズムが働く
・必須分子欠損マウスの炎症は2~3倍も増加、炎症過敏に
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、「PDLIM2」(ピィーディーリムツー)と呼ぶ核内タンパク質が、炎症反応の抑制に必須の役割を担っていることを明らかにしました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)生体防御研究チームの改正恒康チームリーダーおよび田中貴志研究員らによる成果です。
ウイルスや細菌が感染すると、生体は、炎症反応という一連の免疫反応を起こし、侵入した病原体と戦います。ところが、この炎症反応が、何らかの原因で過剰に、しかも無制限に起こってしまうと、アレルギー疾患や自己免疫疾患となることが知られています。このことから、生体は、免疫系を効率的に活性化するだけでなく、逆に抑制するシステムも備えており、炎症反応が過剰にならないように巧妙に調節していると考えられています。
生体に侵入した病原体を最初に認識するのは、樹状細胞(※1)という免疫細胞です。樹状細胞は、病原体認識に引き続き、炎症性サイトカイン(※2)などの炎症反応に必要な種々のタンパク質を産生することにより、炎症反応を発動します。これらのタンパク質の産生を誘導するためには、NF-κBという核内の転写因子(※3)の活性化がきわめて重要であることが知られています。研究チームは、「PDLIM2」が、このNF-κBにユビキチンという小さなタンパク質分子を付加して、NF-κBを分解に導くことにより、炎症反応を終息させるように働くことを発見しました。さらに、ユビキチンが結合したNF-κBが、PDLIM2の作用で、核の中で隔離された特定の場所へ運ばれて、ここでプロテアソームというタンパク質分解酵素複合体により分解されるという新たな不活性化経路が存在することも明らかにしました。また、PDLIM2を欠損させた樹状細胞では、NF-κBの分解が妨げられ、炎症性サイトカインの産生量も2~3倍に増えていることもわかりました。
今回解明したPDLIM2による炎症反応の抑制機構は、アレルギー疾患や自己免疫疾患の治療を目的とした人為的な免疫制御法の開発に役立つことが期待できます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Immunology』オンライン版(4月29日付け:日本時間4月30日)に掲載されます。
1.背景
生体に病原体が侵入すると、樹状細胞は、細胞膜上のToll(トール)様受容体(TLR)(※4)というセンサーを使ってこれを認識します。そしてTLRから細胞内へシグナルを伝え、最終的に転写因子NF-κBを活性化します。活性化したNF-κBは、炎症反応に必要な多くの遺伝子が順序よく働くように指令を出し、炎症反応の開始と進行に必要不可欠な役割を果たしています。ところが、このNF-κBが過剰に活性化して免疫細胞が暴走するような状態が続くと、アレルギー疾患や炎症性疾患を発症することも報告されています。このため、正常な免疫応答を保ち病気の発症を防ぐには、NF-κBの活性をオンにするだけでなく、それを適切な時点でオフにするシステムが非常に重要なのです。
NF-κBを不活性化するシステムとして、NF-κBにユビキチンというタンパク質を付加(ユビキチン化)して、これを目印にしてNF-κBを分解する経路があることが最近報告されました。ユビキチンとは76個のアミノ酸からなる小さなタンパク質です。標的となるタンパク質に多数のユビキチン分子が鎖状に結合すると、標的タンパク質は、プロテアソームというタンパク質分解酵素により分解されて不活性化されます。この反応の特異性を生み出しているのがユビキチンリガーゼという分子です。ユビキチンリガーゼは、標的タンパク質を選別して結合し、これにユビキチン分子を連結するという役割を担っています。すなわち、個々の標的タンパク質には別々のユビキチンリガーゼが用意されていて、それぞれのユビキチンリガーゼが目的のタンパク質だけを分解する方向に導くと考えられています。しかしながら、活性化したNF-κBをユビキチン化するユビキチンリガーゼは、これまでその存在は示唆されていたものの、発見には至っていませんでした。また、ユビキチン分子が結合したNF-κBが、細胞内でどのような経路で分解に至るのかというメカニズムに関しても、はっきりとは解明されていませんでした。
2.研究手法と成果
研究チームは、まず、TLRが認識する細菌の菌体成分であるLPS(リポ多糖)で細胞を刺激したときに、NF-κBがどのように不活性化されるのかを調べました。その結果、NF-κBがこれらの刺激に反応してユビキチン化されること、および、ユビキチン化されたNF-κBが核内の隔離された分画に運ばれて、そこでプロテアソームにより分解されるという新たな不活性化経路が存在することを明らかにしました。
次に、NF-κBにユビキチン分子を付加するユビキチンリガーゼを検索しました。PDLIM2(PDZ and LIM domain protein 2)は、田中らが2005年に発見した核内タンパク質で、LIMドメインという構造を持っています。このとき田中らは、LIMドメインをもつ分子がユビキチンリガーゼとして働くということを世界で最初に報告しました(SLIM(※5) is a nuclear ubiquitin E3 ligase that negatively regulates STAT(※6) signaling. Immunity, Volume 22, Issue6, Pages 729-736, 2005)。PDLIM2は、T細胞(※7)の転写因子STATに対するユビキチンリガーゼとしてT細胞の機能を抑制するように働いていましたが、樹状細胞における役割は不明でした。
そこで、培養細胞にNF-κBとPDLIM2を過剰に発現させ、PDLIM2がNF-κBのユビキチンリガーゼとして働くかどうかを調べました。その結果、PDLIM2が、NF-κBをユビキチン化するとともに、これを核内の隔離された場所に運んで、プロテアソームによる分解を促進するという2つの活性をもつユニークなユビキチンリガーゼであることを明らかにしました(図1と2)。
また、PDLIM2を欠損したマウスから採取した樹状細胞を、LPSで刺激したときの炎症性サイトカインの産生量を測定したところ、正常マウスに比べて2~3倍増加していました(図3)。さらに、PLDLIM2欠損マウスの樹状細胞では、LPSで刺激してもNF-κBのユビキチン化がほとんど認められず、同時にNF-κBの分解が妨げられていました。また、PDLIM2欠損マウスにLPSを投与して敗血症を発症させたときの死亡率は、正常マウスよりも2倍高く、PDLIM2欠損マウスでは過剰な炎症反応が起こっていると考えられました。
以上の結果から、PDLIM2は、NF-κBをユビキチン化・分解して免疫反応を適切な時点で終息させることで、生体に過度の炎症反応が起こらないよう制御していることが明らかになりました。
3.今後の期待
今回解明したPDLIM2による炎症反応の抑制機構は、アレルギー疾患や自己免疫疾患の治療を目的とした人為的な免疫制御法の標的となることが期待できます。
また、ユビキチン化によるタンパク質分解過程に異常が起こることによって、がんや神経変性疾患などさまざまな疾患が発症することが報告されています。自己免疫疾患やアレルギー疾患の中にも、同様の機序で発症するものもあると考えられ、本研究で解明されたPDLIM2による免疫反応の抑制経路が、このような疾患の病態解明の手がかりとなることが期待できます。
※補足説明と図1~3は関連資料をご参照下さい。