水産総合研究センター、色落ちしにくいノリを簡単に判別できる遺伝子を発見
色落ちしにくいノリを簡単に判別できる遺伝子を発見
独立行政法人水産総合研究センターでは、窒素不足によるノリの色落ちを、短時間かつ簡便に判別可能とする遺伝子群を発見しました。これは、窒素が欠乏した状態になってから24時間後という短い時間で変動する遺伝子群をマイクロアレイ技術により確認したもので、培養実験による品種間の色落ちの違いとも一致しました。
これまで、ノリの色落ちのしにくさを比較するには、1週間以上の培養実験を必要としましたが、今回開発した技術を用いることにより1日で確認が可能となり、色落ちしにくいノリの品種の選抜や育種の研究の進展が期待されます。さらにこの技術は、養殖場での色落ちの早期予測へも応用できる可能性があり、早期収穫など色落ち被害の軽減対策に繋がることも期待されます。
この研究成果は、平成12年度漁期の有明海での、窒素不足による養殖ノリの色落ち不作問題を契機に開始された水産庁委託「先端技術を活用した有明ノリ養殖業強化対策研究委託事業」において、福岡県水産海洋技術センター有明海研究所、佐賀県有明水産振興センター、三重大学と連携のもと得られたものです。
【背景・ねらい】
平成12年度漁期に窒素不足による養殖ノリの色落ちが有明海で発生し、ノリ不作が大きな問題となった。そこで、独立行政法人水産総合研究センターでは、水産庁から委託を受けた「先端技術を活用した有明ノリ養殖業強化対策研究委託事業」において、ノリの育種素材としての蓄積と遺伝子機能の解析を行ってきた。その中で、窒素の不足によるノリの色落ちのしにくさをより短時間かつ簡便に予測する技術を開発することを目的として、福岡県水産海洋技術センター有明海研究所、佐賀県有明水産振興センター、三重大学と連携して研究を進めてきた。
【成果の内容・特徴】
色落ちに先立って発現が変化する遺伝子を探索するために、窒素が欠乏した状態でノリの葉状体を培養し、一定時間ごとに葉状体を採集し遺伝子を抽出した。次に、マイクロアレイ技術を用いて、ノリから抽出した1360種類の遺伝子の窒素欠乏状態での遺伝子発現量の時間変化を測定した(図1)。その結果、時間の経過とともに発現量が増加する遺伝子と減少する遺伝子があることが明らかとなった(図2)。これら発現が変化する遺伝子は、窒素の有無に連動しており、窒素欠乏による色落ちの予測に利用可能であることが予測された。また、これらの遺伝子発現の変化は窒素が欠乏した状態になってから24時間後までに確実に観察されることがわかった。
そこで、これらの遺伝子群を用いてノリの品種間の遺伝子の発現量を比較した結果、品種間で大きな差が見られた(図3-1、図3-2)。さらに、培養実験による品種間の色落ちの比較結果とも一致した(図4)ことから、これらの遺伝子群はノリの品種間の色落ちの比較にも利用可能であることがわかった。
さらに、三重大学が行った遺伝子の塩基配列の解析から、これら窒素の欠乏により発現が変化する遺伝子には窒素代謝に関与するアンモニウムイオン・トランスポータータンパク質遺伝子や硝酸イオン・トランスポータータンパク質遺伝子などが含まれることが明らかとなった。また、データベースとの比較により、ノリの色素の一つであるフィコエリスリン・タンパク質遺伝子が含まれることも推定できた。
今回開発された技術を用いることによって、色落ちに強いノリを短時間で判定できることから、色落ちしにくいノリの育種をより短時間かつ簡便に行えるようになると予想される。
【今後の課題・展望】
遺伝子による色落ちモニタリング技術に用いたマイクロアレイ技術は、大量の遺伝子からの絞り込みには適しているが、少数遺伝子の解析にはコスト的に不向きであるため、さらに高精度で簡便な技術とすべく改良する必要がある。また、今回発見した遺伝子群がノリの色落ちにどのように関与しているかが未解明であり、今後の課題である。さらに、この技術を用いた色落ちしにくいノリ品種の選抜や育種への研究の進展が期待される。
また、この技術は、原理的には、養殖場での色落ちの早期予測へも応用できる可能性があり、今後、検討する予定である。早期予測により早期収穫など色落ち被害の軽減に繋がることが期待される。
<用語説明>
・マイクロアレイ技術:
スライドガラス上に数万から数十万のDNAの部分配列を高密度に配置し固定したもの。これにより、数万から数十万の遺伝子発現を一度に調べることが可能である。今回ノリの遺伝子発現に用いたマイクロアレイには、ノリから抽出されたDNAの部分配列1360種類が2セット固定してある。マイクロアレイを用いる場合、2種類の異なったサンプルからmRNAを抽出し、逆転写によって合成したcDNAをそれぞれ異なる蛍光色素で標識する。ノリの場合、マイクロアレイ上に固定された品種と同じ品種から抽出・合成したcDNAを赤、調べたい品種のcDNAを緑で標識し、両方のcDNAとマイクロアレイ上の固定された配列と結合量を、それぞれの色素量を測定することで検出する。この2種類の色素の量比が遺伝子の発現量の相対値となる。
・mRNA:
タンパク質を合成する際の設計図となる配列を持ったRNA。伝令RNAとも言う。DNA配列からイントロン(遺伝情報を持たない部分)を除いた配列。
・cDNA:
上記のmRNAのDNAでのコピー。通常のDNAはアミノ酸の合成には関与しない(遺伝情報を持たない)イントロンと呼ばれる領域を多く含んでいるが、cDNAはmRNAから逆転写により合成されるため、DNAであるにもかかわらずイントロンを持たず、遺伝情報を多く含む配列。
・逆転写:
RNAの情報をDNAに書き換える作業のこと。通常遺伝情報はDNAからRNAに書き換えられ、これを転写と言う。それに対して、RNAからDNAへの逆方向の書き換えを逆転写と呼ぶ。
・ノリ葉状体:
ノリの葉のこと。通常食べている海苔は、この葉状体を細断し四角い板状に乾燥させたもの。
・窒素代謝:
窒素そのもの、あるいは窒素を含む生体物質の生物体内での同化・異化・排出の総称。窒素はタンパク質には必ず含まれる物質であり、生物には必要不可欠。
・アンモニウムイオン・トランスポータータンパク質(遺伝子):
生物の体内でアンモニアをイオンの形で運搬する機能を持ったタンパク質及びそのタンパクを合成する遺伝子。このタンパク質の働きにより窒素はアンモニウムイオンの形で体内を移動し、上記の窒素代謝により利用される。
・硝酸イオン・トランスポータータンパク質(遺伝子):
生物の体内で硝酸をイオンの形で運搬する機能を持ったタンパク質及びそのタンパクを合成する遺伝子。このタンパクの働きにより窒素は硝酸イオンの形で体内を移動し、上記の窒素代謝により利用される。
・フィコエリスリン・タンパク質(遺伝子):
ノリの色素の一つであるフィコエリスリンを形成するタンパク質及びそのタンパク質を合成する遺伝子。