理化学研究所と大阪大学、亜鉛が細胞内の情報伝達役として働くことを発見
亜鉛が細胞内の情報伝達役を担っていることを発見
- 外的刺激によって細胞内に亜鉛ウエーブが発生 -
◇ポイント◇
●外的刺激によって肥満細胞内の小胞体付近から亜鉛放出
●亜鉛ウエーブが免疫に関する遺伝子を発現
●カルシウムにつぐ新たな細胞内セカンドメッセンジャーに
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人大阪大学(宮原秀夫学長)は共同で、亜鉛が細胞外からの刺激を細胞内に伝える情報伝達役(セカンドメッセンジャー)として働くことを発見しました。これは、平野俊夫(理研免疫・アレルギー科学総合研究センター サイトカイン制御研究グループ グループディレクター、大阪大学生命機能研究科/医学系研究科 教授)、山崎哲(同研究グループ 研究員)、十川久美子(同研究センター 1分子イメージング研究ユニット 研究員)、徳永万喜洋(同ユニット ユニットリーダー)、黒崎知博(同研究センター 分化制御研究グループ グループディレクター)らによる共同研究の成果です。
細胞内セカンドメッセンジャーとして、例えばカルシウムがよく知られています。細胞内には、「小胞体」とよばれるカルシウムの貯蔵庫があり、細胞外から刺激が来ると、小胞体からカルシウムが細胞質内へ放出され(カルシウムウエーブ)、細胞内に信号を伝えます。
研究グループは、免疫担当細胞の一つである肥満細胞を刺激すると小胞体付近から亜鉛が放出される現象を世界ではじめて発見し、「亜鉛ウエーブ(Zinc wave)」と名付けました。この亜鉛ウエーブは、細胞内の脱リン酸化反応を調節しており、細胞の様々なシグナル伝達に関与すると考えられました。さらに肥満細胞では、亜鉛ウエーブが、免疫に関与する重要な遺伝子の発現を制御していることがわかりました。
これらの結果は、まさにカルシウムが小胞体から放出されるのと同様に、亜鉛がセカンドメッセンジャーとして働くことを示しています。
本研究の成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Cell Biology』5月21日号(オンライン版5月14日)に掲載されます。
1.背景
亜鉛は、生体内の300以上の酵素やシグナル伝達物質の活性とタンパク質構造を維持するために重要です。これまで研究グループは、亜鉛のもつ機能について研究を進めてきました。その結果、亜鉛は単に補酵素として働くだけでなく、胚発生や免疫細胞の成熟が、亜鉛濃度の変化によって制御されていることを明らかにしました(平成18年8月7日プレス発表)。これらの亜鉛濃度の変化は、細胞を刺激してから数時間から数日の間に、亜鉛を輸送するタンパク質の量が変化することによってもたらされました。
今回、研究グループは新たに、細胞外からの刺激が直接働いて、細胞内の亜鉛濃度が数分の間に上昇し、細胞外からの情報を細胞内へ伝えること、つまり、亜鉛が細胞の重要な情報伝達役(セカンドメッセンジャー)であることを発見しました。
2.研究手法と成果
肥満細胞は、アレルギー反応を誘導する免疫細胞です。アレルゲンが体内に侵入すると、アレルゲンに対する抗体、免疫グロブリンE(IgE)が作られます。IgEが肥満細胞の表面に存在するIgEの受容体(FcεR)に結合すると、肥満細胞は活性化し、様々な炎症性サイトカインやヒスタミンを産生します。こうしてアレルギー反応が起こります。
研究グループは、肥満細胞をIgEで刺激し、肥満細胞が活性化する過程での細胞内の亜鉛レベルの変化を調べました。すると、刺激後数分の間に、細胞内の亜鉛レベルが上昇することが明らかになりました(亜鉛ウエーブ)。増加した亜鉛がどこから来ているのかを調べるため、細胞内の亜鉛を除去すると亜鉛ウエーブはブロックされました。一方、細胞外の亜鉛を除去しても亜鉛ウエーブはブロックされませんでした。このことから、亜鉛は細胞の中から放出されていると推測できました。そこで、研究グループが開発した薄層斜光照明顕微鏡※1というシステムを用いて細胞内のどこから亜鉛が放出されるのかを調べました。通常のレーザー顕微鏡で調べようとすると、細胞にストレスが加わり細胞内の亜鉛濃度に副次的な影響を与えます。このシステムでは、高感度CCDカメラを用い、低いレーザー強度で観察するため、ストレスの影響なしに、亜鉛の放出の様子を直接観測することができます。このシステムを用いて肥満細胞の亜鉛レベルを3次元でイメージングし、小胞体付近の細胞質で亜鉛レベルが上昇する様子を観察しました。
続いて、亜鉛ウエーブはどのようにして起きるのかを調べました。亜鉛ウエーブは、刺激後数秒間で開始するカルシウムウエーブよりも遅れて、刺激後数分で発生します。カルシウムを除くと亜鉛ウエーブが起きなくなったことから、亜鉛ウエーブにはまずカルシウムが必要なことがわかりました。さらに、カルシウム存在中に細胞内のリン酸化酵素のひとつ、MAPキナーゼ・キナーゼ(MEK)※2を阻害すると亜鉛ウエーブは発生せず、MEKの活性化が亜鉛ウエーブの発生に必須であることが分かりました。すなわち、亜鉛ウェーブが起こるには、カルシウムと活性化したMEK(MAPキナーゼ・キナーゼ)が欠かせません。
肥満細胞が活性化すると、IL-6※3やTNF-α※4といった炎症性サイトカインが産生されることが知られています。亜鉛ウエーブの役割のひとつとして、脱リン酸化反応を抑制することにより、これら炎症性サイトカインの遺伝子発現を調節している働きがあるらしいことが明らかになりました。
このように、亜鉛が細胞外の刺激を細胞内へ伝え、肥満細胞の多様な反応を活性化し、免疫に関与する遺伝子発現を制御している、つまり、細胞内のセカンドメッセンジャーとして機能していることを明らかにしました。
3.今後の展開
細胞内シグナルに関与しているセカンドメッセンジャーとして、cAMP、カルシウム、Gタンパク質、タンパクリン酸化、脂質、一酸化窒素などが重要であることが知られています。しかし亜鉛が細胞内シグナル分子として作用することはあまり注目されていませんでした。
今回の画期的な発見は、外的刺激が直接働いて、亜鉛が細胞内小胞体付近から数分以内に放出されるということを見つけたことです。この肥満細胞を用いた興味深い結果は、細胞内セカンドメッセンジャーという亜鉛の新たな機能を示しています。今後、亜鉛ウエーブが肥満細胞以外の細胞でも見られる普遍的な現象かどうかを確かめる必要があります。さらに、新たな情報伝達役としての亜鉛の機能や亜鉛ウエーブの仕組みを明らかにすることにより、亜鉛による様々な細胞機能の制御を可能にすることでしょう。
<補足説明>
※1 薄層斜光照明顕微鏡
レーザー光をあてる角度を変えることにより、照射領域を薄くし、細胞内の狭い場所にだけ光があたるようにした顕微鏡。背景光を下げることで、細胞内部でも、高感度に蛍光試料観察を行なうことが可能になった。
※2 MAPキナーゼ・キナーゼ
MAPキナーゼカスケードは細胞内の重要なシグナル伝達系で、タンパク質のリン酸化によってシグナルを下流へと伝える。MAPキナーゼ・キナーゼはMAPキナーゼカスケードの構成要員で、MAPキナーゼ・キナーゼ・キナーゼによるリン酸化を受けて活性化し、活性化したMAPキナーゼ・キナーゼはMAPキナーゼをリン酸化して活性化させ、シグナルを伝達する。
※3 IL-6
炎症性サイトカインのひとつで、種々の炎症性疾患に関与する。免疫や炎症、造血、骨代謝の調節を行なう、生体に不可欠なサイトカインである。
※4 TNF-α
炎症性サイトカインのひとつで、種々の炎症性疾患に関与する。肥満細胞から放出されるTNF-αはアレルギー性炎症反応の引き金となるとともに、細菌感染時の生体防御に主要な役割を果たす。
◆図1 刺激依存的な細胞内遊離亜鉛濃度の上昇(亜鉛ウエーブ)の発見
免疫担当細胞のひとつである肥満細胞に蛍光亜鉛指示薬Newport Greenを取り込ませ、抗原刺激による細胞内遊離亜鉛濃度の変化の有無を観察した。その結果、抗原刺激後数分の間に遊離亜鉛濃度の上昇することを発見し、亜鉛ウエーブ(Zinc wave)と名付けた。また亜鉛ウエーブは小胞体付近から生じることを見いだした。
◆図2 亜鉛は新たな細胞内セカンドメッセンジャー
亜鉛ウエーブにおける小胞体付近からの亜鉛放出には、カルシウムとMEK(MAPキナーゼ・キナーゼ)シグナル伝達経路が必須であることがわかった。放出された亜鉛が、細胞質に存在する標的タンパク質(亜鉛結合タンパク質)に作用することによりシグナル伝達の制御に関与するセカンドメッセンジャーとして働くことを示した。
(※ 図1,2は関連資料を参照してください。)