理化学研究所、「アスポリン」が人種の壁を超えた変形性関節症の原因遺伝子であることが判明
アスポリンは人種の壁を超えた変形性関節症の原因遺伝子と判明
-様々な人種の集団を用いたメタ解析の統計手法で検証-
◇ポイント◇
●アスポリンは、日本人以外でも変形性関節症の発症に影響を与える
●欧米人とアジア人では、与える影響の大きさに違いがある
●アジア人では、変形性関節症にかかり易い遺伝子多型をもつと、膝関節の発症リスクが約2倍に
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、イギリスのオックスフォード大学、中国の南京大学他との国際共同研究により、変形性関節症(OA:ostearthritis)※1の原因遺伝子「アスポリン」の影響に関する国際比較を行いました。これは、理研遺伝子多型研究センター(中村祐輔センター長)変形性関節症関連遺伝子研究チームの池川志郎チームリーダーと統計解析研究チームの中村好宏客員研究員(現、防衛医科大学校 進学課程 数学研究室 准教授)を中心とする研究チーム※2による成果です。
OAは関節軟骨の変性、消失を特徴とする疾患で、日本だけでも約1,000万人、世界には2億人の患者がいるとされています。先に研究チームは、世界に先駆けて原因遺伝子「アスポリン」と日本人のOAの相関を報告しました。アスポリンは細胞の外の基質に存在するタンパク質で、OAの軟骨で発現が著しく上昇しています。日本人では、アスポリンに含まれるアスパラギン酸(D)の配列の繰り返しの数がOAと相関し、14回の繰り返し(D14多型)が、OAを起こしやすいことがわかり、2005年に『Nature Genetic』誌に掲載されました。この研究に対し、世界中で追試のためのケースコントロール相関解析※3が行われましたが、イギリス、ギリシャでは一部の亜集団でしか相関が再現されない、スペインでは全く相関がない、中国では強い相関があるというように、研究によって結果がまちまちでした。
そこで研究チームは、異なる研究を統合するためにメタ解析(meta-analysis)※4という統計手法を用いて、これらの結果を統合して解析しました。すると、欧米人でもアスポリンとOAとの相関が再現されました。アスポリンの影響は、アジア人で強く、欧米人では弱いこと、アスポリンは特に膝関節のOAに対する影響が強いことがわかりました。また、アジア人では、D14多型が、膝関節OAの発症リスクを1.95倍に高めていることもわかりました。
本研究により、アスポリンは世界の人に影響する遺伝子であること、しかし、影響力の大きさは人種により異なることがわかりました。これは、各人種が固有にもつ遺伝的背景や生活環境との交互作用によるものだと考えられます。
本研究成果は、イギリスの科学雑誌『Human Molecular Genetics』(7月号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(5月20日付け:日本時間 5月21日)に掲載されました。
1.背 景
変形性関節症(OA:osteoarthritis)は、関節の軟骨が変性、消失し、関節の痛みや機能の障害を引き起こす疾患です。骨・関節の疾患の中で、最も発症頻度の高い疾患のひとつで、日本だけでも1,000万人、世界には2億人の患者がいると推定されています。しかし、その発症の根本的な原因や病態は知られておらず、「有効な治療法がない」とされています。
疫学調査などから、OAは遺伝的因子と環境因子の相互作用により発症する多因子遺伝病、生活習慣病であることが明らかになっています。理研遺伝子多型研究センターの変形性関節症関連遺伝子研究チームではOAの遺伝的因子、感受性遺伝子の解明に取り組んできました。そして、「アスポリン」がOAの感受性遺伝子であることを特定し、報告しました(平成17年1月10日プレス発表)。この報告を検証するため追試が行われ、イギリス、ギリシャ、スペイン、中国で、自国のOA患者に対しアスポリンとの相関が調べられました。しかし、結果は研究によってまちまちで(表1、2)、アスポリンとOAの関係には結論がついていませんでした。
2.研究手法と成果
研究チームは、オックスフォード大学(イギリス)、サンチャゴ大学(スペイン)、アテネ大学(ギリシャ)、テッサリア大学(ギリシャ)、南京大学(中国)の整形外科医、遺伝統計学者との国際共同研究を展開し、様々な国、人種のOA患者と健常人のアスポリンの遺伝子多型データを年齢、性別、肥満度などOAに関連する臨床データとともに収集しました。そして、研究チームが持っている日本人のデータとこれらのデータを合わせた、計6,882人の遺伝子多型データに対してメタ解析を行ないました。
日本人の研究から、1)D14多型が疾患感受性多型(持っていると疾患のリスクが上昇する多型)、D13多型が疾患保護性多型(持っていると疾患のリスクが減少する多型)であること、2)股関節と膝関節のOAではアスポリンの影響が異なること、がわかっていたので、解析は、膝関節OAと股関節OAそれぞれについてD14多型とD13多型を別個に行いました。
膝関節OAの解析では、1,370人の患者群と2,296人の対照群、股関節OAの解析では、1,800人の患者群と1,416人の対照群の遺伝子多型データを用いました。解析は1)D14多型とそれ以外の多型、2)D14多型とD13多型、3)D13多型とそれ以外の多型の相関を、アレル※5頻度と優性・劣性モデルについて調べました。
その結果、各集団における多型の頻度やリスクの大きさを示すオッズ比※6は、非常に異なっていますが、すべての結果を統合すると、膝関節OAでは相関が再現されることがわかりました(図1)。全集団では、D14多型のオッズ比が、1.46でした。Publication bias※7を除くために、再現研究のみで解析を行っても、相関は再現されました。アジア人と欧米人のオッズ比には、大きな差が見られ、アジア人では1.95、欧米人では1.14でした。(表2)。股関節OAでの相関については結論がつきませんでした(図1)。
3.今後の展開
今回の結果から、アスポリンのOA発症に対する影響は世界的なものでありながら、その影響の大きさには人種差があることがわかりました。この人種差には、様々な原因が考えられます。特に大きいであろうと思われるものが、各人種に固有の遺伝的背景、そして生活環境の影響です。アスポリンと他の遺伝子との相互作用、また生活環境との相互作用により、発症のリスクが変わり、それらが原因の解明を複雑にしているものと思われます。今後、こういった複雑な相互作用を、統計学的な手法を用いて解明していくことにより、OAの発症予測が可能になり、各個人のリスクに応じた医療の実現に近づくと考えられます。
※以下は添付資料を参照
<補足説明>
表1 各集団におけるアスポリンD14,D13多型の頻度
表2 アスポリンの膝関節OAに対する影響
図1 アスポリンD14多型の膝関節OA、股関節OAへの影響