慶応大学先端生命科学研究所、「細胞の頑強性」の定量的実証に成功
「細胞の頑強性」を世界で初めて定量的に実証
~史上最大規模の細胞分析実験に成功し、米科学誌「サイエンス」に掲載(*)~
慶應義塾大学先端生命科学研究所(山形県鶴岡市)は、最先端のバイオ技術を駆使して、生物学史上最大規模の細胞分析実験を実施した結果、大腸菌の細胞内における振る舞い(代謝)を安定化するための様々な戦略を持っているという「細胞の頑強性」の定量的実証に成功しました。(**)
ヒトからバクテリアまですべての細胞は、糖をエネルギー分子のATP(アデノシン三リン酸)に変換する「エネルギー代謝」という機構を持っています。これは最も基本的な生命活動のひとつとされており、約100個の遺伝子で構成されています。
研究グループはまず、4288個ある大腸菌の遺伝子をひとつずつ欠失させた突然変異体を3984種類作成。その中からエネルギー代謝にかかわる遺伝子を欠失した大腸菌を選出しました。また、通常の菌体については、様々な異なる条件で生育させました。これらの大腸菌の細胞内物質を、最先端の分析技術と遺伝子工学などのバイオテクノロジーを駆使して徹底分析し、数千種もの細胞内分子(代謝物質、タンパク質、RNA)を網羅的に計測しました。さらに、代謝物質130種,タンパク質57種とRNA85種について詳細な解析を行い、それらのデータをもとにエネルギー代謝の各ステップにおける代謝流束(酵素反応の速度)をコンピュータで計算しました。
その結果、エネルギー代謝のような重要プロセスを担っている遺伝子が欠失していても、細胞の生存に影響がないだけでなく、細胞内の各種の物質量の変化にもほとんど影響が出ませんでした。また、生育条件を変化させた場合、RNAやタンパク質の量は大きく変化しましたが、代謝物質の量はほとんど変わりませんでした。このように「大腸菌は状況に応じて様々な手段で代謝を安定に保っている」ということが世界で初めて定量的に実証されました。
これは当研究所が5年間独自に開発してきた先端技術を組み合わせて行った世界に類のない大規模な実験であり、今後はこの技術を医療、環境、食品分野に応用していくことになります。
冨田勝先端生命科学研究所長は、「我々のグループが鶴岡でこの5年間に独自に開発してきた先端技術を組み合わせて、世界の誰も真似のできない大規模な実験を実施することができました。山形の自然豊かな環境が、独創的な研究を育んでくれたのだと思います。今後はこの技術を医療、環境、食品分野に応用して世界があっと驚く成果を出していきたいです。」とコメントしています。
* この論文は米科学誌「サイエンス」2007年4月27日号に掲載予定です。またそれに先がけて、日本時間3月23日にScience Expressウェブサイトに掲載されます( http://www.sciencexpress.org および http://www.aaas.org )。サイエンスおよびScience Expressは世界最大の総合科学機関である米国科学振興協会(AAAS)により発行されています。
** 代謝物質の分析には研究グループが独自に開発した「メタボローム解析技術」を応用。キャピラリー電気泳動と質量分析計を組み合わせた「CE-MS」という技術で、同時に数千種類の代謝物質を測定できます。またタンパク質の解析にも独自に開発した測定技術を応用しました。これらの大規模な細胞分析の手法は、様々な分野での応用が期待できます。たとえば、がん細胞に特有の代謝系を突き止め、その代謝系に特異的に働く抗がん剤を開発したり、バイオエタノールやバイオプラスチック生産菌など工業用の有用微生物の代謝系を改善して生産性を大幅に向上することが可能と考えられます。