理化学研究所、不純物の多い物質で起こる金属-絶縁体相転移点における「共形不変性」の存在を証明
“汚い”物質中の電子が持つ美しい対称性『共形不変性』を
世界で初めて実証
- 不規則系の臨界現象における理論手法の構築の第一歩 -
◇ポイント◇
・ 不純物の多い“汚い”2次元電子系で、無限個の対称性を持つ共形不変性を初めて実証
・ マルチフラクタル性(自己相似構造性)と共形不変性との関係が明らかに
・ 不規則電子系における共形場理論の発展の基盤築く
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、物質の性質を理解する上で重要な相転移の“臨界現象”に関する新たな理論を実証・確立しました。具体的には、不純物の多い物質で起こる金属‐絶縁体相転移点における“共形不変性(※1)”の存在を証明し、その“マルチフラクタル性(※2)”との関係を、大規模数値計算により世界で初めて明らかにしました。半導体デバイス等で多様に使われる物質の性質を理解する上で、臨界現象を理論的に予測できるようにすることは非常に重要で、今回の成果は、不規則電子系における共形場理論の発展の基盤になると期待されます。これは、理研中央研究所古崎物性理論研究室の小布施 秀明 基礎科学特別研究員、古崎 昭 主任研究員による研究成果で、米国シカゴ大学のIlya Gruzberg(イリヤ・グルツバーグ)助教授、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のAndreas Ludwig(アンドレアス・ルドウィック)教授らの研究グループとの共同研究で進められました。
不純物や格子欠陥を多く含んだ“汚い”物質中では、電子が不純物等によって頻繁に散乱されて電気伝導性が悪くなります。このような“汚い”系(不規則電子系)では、乱れ(不規則性)を強くしていくと量子干渉効果(※3)によって金属(電気を通す)から絶縁体(電気を通さない)への相転移が起こります。この相転移が研究されて約半世紀となりますが、未だに相転移点近傍の臨界現象を記述する有力な理論手法は確立されていません。
物理学の発展においては、新たな不変性(対称性)の発見が重要な役割を果たします。多くの2次元系(※4)は、相転移点で局所的なスケール変換等に対して系が不変に保たれ(共形不変性)、その臨界現象は“共形場理論”という理論で記述できることが知られています。しかし、2次元不規則電子系が金属‐絶縁体転移点で共形不変性をもつか否かはこれまで明らかではありませんでした。
研究グループは、大規模数値計算を使って、2次元系のサンプル表面付近の電子の量子的振る舞い(波動関数(※5))が、共形不変性から要請される関係式を満たしていることを明らかにしました。つまりこの計算で、不規則電子系の臨界点に共形不変性が存在することを証明し、不規則な系で起こる相転移に対しても共形場理論が応用できる可能性が開けたことになります。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』に近くオンライン掲載される予定です。
<補足説明>
(※1) 共形不変性
共形変換(2つの微小線分のあいだの角度を変えない変換。具体的には局所的な並進・回転・スケール変換など)に対して、系が不変に保たれる性質。
(※2) マルチフラクタル性
電子密度のような連続的に変化する量に対する、特徴的な長さのない自己相似構造性(フラクタル性)のことを、マルチフラクタル性と呼ぶ。
(※3) 量子干渉効果
極低温下における電子の運動は、“粒子性”のみではなく“波”としての性質も持ち合わせた量子力学により記述される。波である電子は、光と同様に干渉効果が起きる。
(※4) 2次元系
電子など対象とする物体の運動が2次元の平面内に制限された物理系。2次元不規則電子系は、GaAs/GaInAs半導体などの接合界面や、単層グラファイト(グラフェン)などで実現される。
(※5) 波動関数
量子力学において、粒子(電子)の確率振幅を与える関数。