JSTと産総研、熱により電子の軌道ストライプの方向が変わる酸化物結晶の創出に成功
電子が織りなす縞模様の方向変換に成功
-オプト・エレクトロニクスに新たな道筋を-
JST(理事長 沖村憲樹)と独立行政法人産業技術総合研究所(以下 産総研、理事長 吉川弘之)は、熱により電子の軌道ストライプ(電子密度分布が縞状に伸びた状態)の方向が変わる酸化物結晶を創り出すことに成功しました。
本研究では、層状構造を持つマンガン酸化物PrSr0.2Ca1.8Mn2O7(Pr:プラセオジム)の単結晶を合成し、その原子配列や、偏光特性を高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーおよび産総研において詳しく調べました。その結果、この物質中ではマンガンイオンの細長く伸びた電子密度分布(軌道)が、およそ97℃以下の状況下で縞状に配向した「軌道ストライプ」を形成することが分かりました。さらに、軌道ストライプの方向が27℃で90度回転することを発見しました。これに付随して、偏光を当てたときの反射率が大きく変化するような現象が現れます。
JSTではこれに先立って、結晶中で軌道ストライプが形成されているときに、軌道ストライプの方向に対して偏光面が平行であるときと直交しているときとで反射特性が大きく異なることを、JST創造科学技術推進事業(ERATO)十倉スピン超構造プロジェクトで十倉教授(東京大学)が2006年8月にPhysical Review Lettersにおいて発表しています。これは、棒状の分子が配向している液晶が、分子の方向と偏光面が、平行な場合と垂直な場合では大きく異なる屈折率を持つことと似た現象です。したがって、液晶と同じように軌道ストライプの方向を何らかの外部操作で制御することができれば、光デバイスへの応用も可能になると考え、物質開発研究を進めてきました。
本研究で実現した軌道ストライプの方向の温度による制御は、世界で初めてのことです。軌道ストライプの回転が室温付近で生じることから、今回の発見は、電子のもつ軌道の配列の仕方を媒介としたエレクトロニクスに新たな道筋を開くものであると期待されます。
この研究成果は、JST創造科学技術推進事業(ERATO)十倉スピン超構造プロジェクト(総括責任者十倉好紀 東京大学教授)が、産総研 強相関電子技術研究センターおよび東京大学工学部との共同研究によって得たもので、英国科学誌「Nature Materials(ネイチャー マテリアルズ)」オンライン版に2006年11月5日(英国時間)に発表され、誌面では2006年12月1日(英国時間)に掲載される予定です。
【 研究の背景 】
液晶の多くは棒状の分子が配向したものです。この棒状の分子への平行な偏光と垂直な偏光とでは屈折率が異なります。液晶中の棒状分子の向きは電場によって変えることができるので、これを利用して液晶の偏光特性を制御することができます。この性質を利用したものが液晶ディスプレイです。
一方、マンガン酸化物の結晶中ではしばしばマンガンイオンが細長い電子密度分布(軌道と呼ぶ)を持ちます。電子の濃度を適当に調節すると、この軌道が配向することがあります。同じ向きを向いた軌道の並んだ方向を「軌道ストライプ」方向と呼びます(図1)。最近の研究で、軌道ストライプの方向とこれに垂直な方向では光の反射の偏光特性が大きく異なっていることが分かりました。すなわち、ちょうど液晶中の棒状分子と同じような偏光特性を示します。このため、軌道ストライプの方向を回転させることができれば液晶のように偏光特性を制御できるのではないかとの期待がありました。
添付資料:図1 軌道ストライプの模式図
【 成果の内容 】
本研究では層状ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造を持つマンガン酸化物の単結晶を作製し、電子の分布や光の反射の偏光特性などの温度変化を詳細に調べました。その結果、軌道ストライプの方向が、室温付近で90度回転する現象を発見しました。さらに軌道ストライプの方向が回転した結果、光の反射の偏光特性が液晶のようにa軸方向とb軸方向とで入れ替わることが分かりました。
本研究で得られた結果を以下に示します。
(1).層状マンガン酸化物PrSr0.2Ca1.8Mn2O7の単結晶を作製しました(図2、図3)。
添付資料:図2 PrSr0.2Ca1.8Mn2O7の結晶構造
図3 本研究で作製されたPrSr0.2Ca1.8Mn2O7単結晶試料
(2).この物質の電気抵抗などの性質を詳しく調べたところ、97℃以下でMnO2二重層内に軌道ストライプ(図1)が形成されることが分かりました。
(3).光の反射の偏光特性を調べた結果、軌道ストライプが形成された状態では液晶のような偏光特性があることが分かりました。またこの偏光特性は27℃付近を境にして90度回転してa軸方向とb軸方向とで入れ替わることが分かりました(図4)。
添付資料:図4 偏光顕微鏡でとらえた光の反射の偏光特性の逆転現象
(4).高エネルギー加速器研究機構・フォトンファクトリーのビームライン1Aにおいて、シンクロトロン放射光X線を用いて軌道ストライプの方向を調べました。その結果、27℃付近を境にして、軌道ストライプの方向が高温でのa軸方向から低温のb軸方向へ90度回転していることが確認されました(図5)。
添付資料:図5 軌道ストライプの回転現象の模式図
(5).さらに、軌道ストライプの回転に伴って、光の第二高調波が発生しない状態から発生する状態へ移り変わっていることも分かりました(図6)。
添付資料:図6 光の第二高調波発生強度の温度変化
【 今後の展開 】
本研究によって、軌道ストライプの回転現象は室温付近で温度変化に対して履歴を持ちます。すなわち、軌道ストライプがどちらを向いても安定でいられる温度域が室温付近に存在することを示唆します。また、この温度域(およそ27~42℃)では、光や電場によって軌道ストライプの方向をスイッチできる可能性があります。さらに軌道ストライプと電流の方向の関係によって電気抵抗も変化することを確認しました。今回の発見は、結晶中の電子のもつ軌道の並び方を媒介としたオプト・エレクトロニクスに新たな道筋を開くものであると期待されます。
今後は、軌道ストライプが回転する理由を解明するとともに、光や電場による軌道ストライプ方向の制御を行うことを目指します。
【 用語の説明 】
◆偏光特性
光は電場と磁場が波となって進む電磁波の一種です。電場の方向は、光の進む方向と直交しますが、一般には、その向きは決まっていません。この電場の方向が一方向に揃ったものを直線偏光、あるいは単に偏光と呼びます。また、偏光の電場の方向を、単に偏光の方向と呼びます。
物質に光を当てたときに反射や屈折が起きますが、液晶や今回の固体では、偏光の方向が物質のどの方向に向いているかで、反射率や屈折率が異なります。このように偏光の方向に依存する光の反射や屈折を偏光特性と呼んでいます。
◆液晶
棒状(あるいは板状)の分子が集まると、固体と液体の中間の状態を取ることがあります。これを液晶と呼びます。液晶中では棒状分子の向きが揃っています。液晶中を偏光した光が通過するとき、偏光の方向が棒状分子と平行か垂直かで、屈折率が大きく異なります。液晶中の棒状分子の配向方向は電場を印加することで変えることができます。結果として、液晶の偏光特性は電場で制御されます。これを利用したものが液晶ディスプレイです。
◆シンクロトロン放射光X線
光と同じくらいの速さで動く電子を磁場で曲げると、電子から電磁波が放射されます。これをシンクロトロン放射と呼びます。電子の運動エネルギーが十分大きい場合は、波長の短い電磁波であるX線も放射されます。このX線は平行性がよく強度が高いなどの優れた特徴を持つため、物質の構造を解析する場合に広く用いられています。
◆第二高調波
ある種の物質に波長λのレーザ光を入力したとき、波長λ/2の光が発生することがあります。発生した光の振動数はもとのレーザ光の倍になるので、これを光の第二高調波と呼びます。この現象は、緑色のレーザポインタなどに応用されています。今回は、波長が0.8マイクロメートルの赤色のレーザを照射して、波長が0.4マイクロメートルの紫色の第二高調波の発生効率を測定しました。
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