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2024'11.25.Mon
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2007'06.08.Fri

理化学研究所、脳の右と左の構造の違いを生み出す分子メカニズムを解明

脳の右と左の構造の違いを生み出す分子メカニズムを解明
- 脳の進化の過程・社会行動の制御を探る新たな手がかかりに -


◇ポイント◇
 ●発生時期の異なる2種類の神経細胞の誕生により左右非対称な脳構造を形成
 ●発生早期に出る信号が2種類の神経細胞の誕生をコントロール
 ●脳の右と左の機能解明、進化の過程、社会行動の制御を探る新たな手がかりに


 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、発生生物学や遺伝学の分野でモデル動物として注目されるモデル動物、ゼブラフィッシュ※1を用いて、脳の右側と左側の構造の違いを生む発生メカニズムを分子レベルで解明しました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)発生遺伝子制御研究チームの岡本仁チームリーダー、相澤秀紀研究員らによる研究成果です。
 脳が左右非対称であることは、脊椎動物神経系の基本的特徴の一つです。特定の脳機能を片側に割り当て、反対側には別な脳機能を割り当てる、この様なメカニズムは、情報処理を効率的に行うための仕組みと考えられています。脳の右側と左側に構造的な違いがあることは、哺乳動物、特にヒトで詳しく調べられており、脳の左右非対称の構造と機能には、密接な関係があることが知られています。しかしながら、左右の構造的な違いがどのようにして生み出されるかについては、これまで、まったく明らかにされていません。
 研究チームでは、モデル動物であるゼブラフィッシュを用い、情動と深く関わる「手綱核(たづなかく)※2」と呼ばれる脳の部位に注目し、これまで謎とされてきた脳の右側と左側の構造的な違いが、発生時期の異なる2種類の神経細胞の誕生により生み出されることを発見しました。さらに、その分子メカニズムを探り、個体が発生する早い時期に出る信号が、非対称な神経細胞の誕生を制御していることを世界で初めて突き止めました。
 本研究成果は、進化の過程で、脳の左右がどのようにして異なった機能を持つようになったかをつかむ新たな知見です。さらに、脳の左右非対称性は、機能分担により情報処理を効率化する一方、非対称性の方向(右利きや左利き)や非対称の程度(どの程度左右差があるのか)を通じて、社会行動にみられる協調性を制御しているともされ、このような研究を進める上で有力な手がかりになるものです。
 本研究成果は米国の科学雑誌『Developmental Cell(1月号、1月8日付け・オンライン)』に掲載されます。


1.背 景
 脳の左右非対称性は進化的に保存された特徴のひとつで、左右で機能分担することにより、効率的な情報処理を行うことができると考えられています。例えば、言葉を話すときや、理解する際には脳の左半球が優先的に働きますが、人の顔の認識には脳の右半球が優先的に働きます。この左右非対称な脳の構造と機能には、密接な関係があります。例えば、言語能力が左右どちらの大脳半球に局在するのかは、左右側頭葉の一部(側頭平面)の大きさの違いと相関があります。最近の研究で、脳の遺伝子発現や神経結合などに左右非対称性があることが知られてきましたが、このような左右の構造的な違いがどのようにして生み出されるかについてはまったく明らかにされていませんでした。
 一方、脳の左右差はヒトに利き手があることや言語野が左大脳半球に局在することから長い間ヒトに特有の現象と考えられてきました。そのため、モデル動物を用いた分子レベルでの詳細な検討は、されていませんでした。しかし、近年の脳科学研究により、この現象は魚類からヒトまで広くみられるものであることが明らかとなっており、大脳辺縁系のような大脳新皮質以外の部位においても機能的左右差が示されています。このように脳の非対称性はヒト脳に固有の特徴ではなく、現在では動物の神経系に広く見られるものと考えられています。例えば魚類、両生類、鳥類などでは特定の行動に対して、片側の脳を優先的に使うことが明らかになっています。このように、近年の研究結果は、左右の脳で行われる情報処理様式が、進化的に保存されていることを示唆しています。
 それにも関わらず、現時点でこのような機能的非対称性を担う脳構造の発達様式は、驚くほど分かっていません。例えば、細胞増殖、分化、移動、細胞死など脳を構築するどのステップが左右差を形成する上で重要なのかは全く知られていません。この問題について研究チームでは、胚の透明性や確立された遺伝学的手法を持つゼブラフィッシュを用いて左右差を示す「手綱核(たづなかく)」という脳の部位に注目し、解析しました。


2.研究手法
(1)神経細胞の誕生時期
 右脳左脳を形成する神経細胞は、分裂を繰り返す神経幹細胞から分化し、分化した細胞はその後、細胞分裂しなくなります。神経幹細胞は、発生の特定の時期に特定のタイプの神経細胞を生み出すことが知られています。この様に違う神経細胞の誕生時期を調べるため、研究チームでは、発達中のゼブラフィッシュ胚に「ブロモデオキシウリジン(BrdU)※3」という物質を取り込ませました。BrdUは、細胞分裂のDNA合成期に細胞に取り込まれ、分裂を繰り返す細胞ではその濃度が薄まっていきますが、分化した神経細胞のようにその後分裂しない細胞では、高濃度のまま保たれます。このようにして右脳と左脳の神経細胞が誕生した時期を知ることができます。

(2)左右異なった比率で誕生する神経細胞の可視化
 ゼブラフィッシュは発生時期を通じて脳組織の透明性を保持し、ほぼ原型のまま複雑な神経細胞の発達する様子を観察することができます。遺伝子導入技術により、分化していく神経細胞を、「kaede(カエデ)」※4という蛍光タンパク質で標識し、どのタイミングで神経細胞が誕生するかを調べました。カエデは、当初緑色の蛍光を発しますが、紫外線を照射すると赤色の蛍光に変化します。この特性を利用し、緑色のカエデを発現する分化細胞を、紫外線照射により赤色に光変換し標識します。その後、紫外線の無い暗所で飼育し、脳が発達した後に、標識された細胞がどのような細胞に分化していったかを調べることができます。

(3)神経細胞の分化タイミングの遺伝学的操作
 神経分化のタイミングを操作する上で、研究チームでは分化を抑制的に調節している「Notchシグナル※5」に注目しました。Notchシグナルが活性化するとその細胞は、未分化な状態にとどまります。温度変化により目的の遺伝子を誘導できる遺伝子導入魚を利用して、活性化型Notchタンパク質を特定の時期に誘導することができます。この方法により、脳の発達の様々な時期に神経分化を抑制し、脳の左右差形成に対する影響を調べました。


3.研究成果
(1)神経細胞誕生のタイミングと脳の左右非対称性
 ゼブラフィッシュの手綱核は、左側がより大きな外側亜核と右側がより大きな内側亜核に分けられ、それぞれに属する2種類の神経細胞集団により構成されています(図1)。研究チームのこれまでの研究から、この非対称性の方向は、内臓の左右軸決定に中心的役割を果たす「Nodalシグナル※6」により制御されていることがわかっていましたが、脳の右側と左側の差異自身を形成するメカニズムについては不明のままでした。
 この問題に取り組むにあたり、研究チームでは、内側亜核と外側亜核の神経細胞が異なった発生段階に誕生するために左右非対称な手綱核の構造が生まれるのではないかと考えました。すなわち、手綱核を構成する神経細胞の誕生のタイミングの違いが、神経細胞のタイプを決める上、左右非対称性形成に関与しているという仮説です。そこで遺伝子導入魚を用いて内側亜核及び外側亜核の神経細胞を識別し、それぞれの誕生時期を詳細に調べたところ、外側亜核前駆細胞はより早期に誕生し、内側亜核前駆細胞はより後期に誕生することが分かりました(図2)。興味深いことに、早期に誕生する外側亜核前駆細胞は左側でより多く誕生し、後期に誕生する内側亜核前駆細胞は右側でより多く誕生していました(図2)。さらに、紫外線照射により緑色から赤色の蛍光に変化するカエデを分化した神経細胞で発現させ、早期に左側で多く分化してきた細胞を標識すると、それらの細胞は後に外側亜核に移動していることが確認できました(図3)。
 これらの結果は、発生時期の異なる2種類の神経細胞の誕生が左右非対称に調節されることで手綱核の左右非対称な構造が形成されることを示しています。

(2)左右非対称な神経発生を制御する分子機構
 次に神経細胞の運命決定が誕生時期の違いによりどのように制御されているのかを調べました。注目したのは、神経幹細胞の分化活性を抑制的に制御しているNotchシグナルです。この分子機構を遺伝学的に操作することで、神経分化のタイミングをずらし、その際に左右非対称形成にどのような影響が出るかを調べました。
 正常個体では、外側亜核および内側亜核には、それぞれleftover遺伝子、righton遺伝子が発現しており、亜核の左右差を反映して、leftover遺伝子は左側により強く発現し、righton遺伝子はより右側に強く発現します(図4A, B)。発生早期にNotchシグナルを過剰に活性化させると、本来早期に発生すべき外側亜核前駆細胞の分化が抑制され、leftover遺伝の発現が減少しました(図4C)。一方、内側亜核は、本来発生後期に右側に多く誕生するはずですが、早期の神経細胞分化を抑制された個体では、左右両側にrighton遺伝子を発現する細胞が分化してきました(図4D)。このことは、神経分化のタイミングを後期へとずらすことで、本来外側亜核前駆細胞が誕生する発生プログラムを神経幹細胞が回避して、分化抑制がなくなった後に、神経幹細胞が内側亜核前駆細胞を産生し始めたことを示唆しています。発生後期にNotchシグナルを過剰に活性化させると、右側でのrighton遺伝子の発現が減少しますが、左側のleftover遺伝子の発現はそれほど変化しません。
 逆にNotchシグナルが機能しなくなっているmind bomb突然変異体では、適切な分化抑制メカニズムが働かず、発生早期から神経細胞誕生が促進され、leftover遺伝子を発現する外側亜核前駆細胞は、両側に多く分化していました(図4E)。この突然変異体では、早期に神経幹細胞が分化し、枯渇してしまうため、本来後期に誕生する内側亜核前駆細胞のマーカーrighton遺伝子の発現が減少していました(図4F)。
 これらの結果は、神経細胞誕生のタイミングが左右非対称な外側亜核および内側亜核神経細胞の産生を制御していることを示しています。


4.今後の期待
 脳の左右非対称性は、機能分担により情報処理を効率化する一方で、非対称性の方向(右利きや左利き)や非対称の程度(どの程度左右差があるのか)を通じて社会行動にみられる協調性を制御しているのかもしれません。例えば、回避行動時の曲がる方向をさまざまな魚で比べてみると、群れを成すなどの社会行動をする種類では、集団レベルで同じ方向に回避する傾向があります。種内で統一された防御機構を備えることで、生存に有利に働いている可能性があります。その一方で敵に逃避パターンを予期されやすく、生存に不利に働くとも考えられます。非対称の方向やその程度は、進化を通じた適応行動の制御機構として進化してきたのかもしれません。
 今回の研究成果は、神経細胞の誕生が発生段階を通じて左右非対称に調節されることにより、脳の右と左の構造の違いを生み出すというメカニズムを明らかにするものです。左か右かというデジタルな決定機構に対し、今回明らかになった神経細胞誕生を調節するメカニズムは、どの程度左右の差を形成するのかアナログ式に制御する機構と考えられます。今後、ゼブラフィッシュのようなモデル動物での分子レベルの解析により、脳の左右非対称性による適応行動の制御メカニズムが解明されるものと期待されます。


(問い合わせ先)

 独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 発生遺伝子制御研究チーム
 チームリーダー  岡本 仁
 Tel:048-467-9712/Fax:048-467-9714

 脳科学研究推進部   嶋田 庸嗣
 Tel:048-467-9596/Fax:048-462-4914


*補足説明は、添付資料をご参照ください。

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