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2024'11.25.Mon
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2007'06.07.Thu

理化学研究所、690アト秒で動く瞬間的な電子運動の観測に成功

世界最速の電子ダイナミクス:690アト秒で動く2つの電子のレースを計測
- アト秒の時間精度で電子の運動を観測する第一歩 -
 

◇ポイント◇ 
・アト秒パルス光が生まれる瞬間に、電子の超高速運動による干渉構造を発見 
・混合ガスをアト秒パルス光の発生に初めて用い、実現 
・アト秒パルスレーザー光発生の新しいコヒーレント制御法も実証 

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、強力な超短パルスレーザー光を気体の原子や分子に集光することで引き起こされる、瞬間的な電子の運動を観測することに成功しました。この電子の運動時間は1,000兆分の0.69秒(690アト秒)であり、これまで観測された原子や電子の運動時間としては世界最短です。さらにアト秒パルス光の発生に欠かせない新しい「コヒーレント※1制御法」を生み出し、世界で初めて実証に成功しました。これらは、理研中央研究所(茅幸二所長)緑川レーザー物理工学研究室の金井恒人基礎科学特別研究員と緑川克美主任研究員らの研究グループによる研究成果です。
 研究グループは、可視レーザー光を、短い波長(極端紫外や軟X線)のレーザー光に変換する様々な技術とその応用を研究してきました。今回、そのうちの最有力の変換技術である高次高調波発生※2に新しい手法を導入し、「高次高調波の破壊的干渉※3」という新現象を観測しました。具体的には、ヘリウム原子とネオン原子をある特定の比率で混合し、圧力を制御した上で、強力な超短パルスレーザー光を照射しました。すると、ヘリウム原子中とネオン原子中に束縛された2つの電子は、ほぼ同時に1,000兆分の0.69秒(690アト秒)の間だけ原子の外を運動し、その後再結合する際に発生する高次高調波パルスのスペクトル上に、明らかな干渉構造を形成する事がわかりました。つまり、2つの電子はわずかに違うコースをレースすることで、自分達が運動した時間をゴール係に申告できるのです。さらに、本手法を応用することで、高次高調波の発生過程をコヒーレントに制御できる事が明らかになりました。
 実際に電子がアト秒の運動をしていることを実証し、高次高調波(アト秒パルス)の新しい制御法を確立したこの研究成果によって、アト秒の精度で電子の運動を観測・制御する道が開けてきました。また、電子は、私達の身の回りの全ての物質の性質を決める最も基本的な粒子であるため、電子の超高速運動の中に新しい科学技術の鍵が隠されているかも知れません。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』4月13日号に掲載されます。

1.背景 
 新しい映像メディアが登場する度に、人間の知覚と思考のあり方は大きく変化してきました。特に映画の概念の登場により、速い運動に対する私達の理解が飛躍的に進んだことは有名です。E.マイブリッジ※4の12枚の連続写真『The Horse in Motion』は疾走する馬の足の動きを“止める”ことによって、18世紀の絵画に描かれた“揃えた両足を前後に大きく広げるギャロップ”が実在しないことを証明し、当時の人々の常識を覆したのでした。
 基礎科学の分野でも様々な現象を“止めて”観測し、その現象への理解を深める努力が続けられています。一瞬だけ光るパルス光を出す「パルスレーザー」は、そのためのいわば“ストロボ”の役割を果たすものとして、最も有力な技術であり続けています。ストロボが光る時間幅、すなわちパルス幅が狭くなれば狭くなる程、より速い現象をキャッチし、止めて見る事ができます。近年ではいわゆる「フェムト秒レーザー」(1フェムト秒は1,000兆分の1秒、10-15秒)と呼ばれるレーザーが実用化され、10兆分の1秒から100兆分の1秒程度の時間の現象であれば、止めて見る事が可能になっています。
 現在では、これよりもさらに短いパルス幅のレーザー光を得るための試みが行われる様になってきました。「アト秒科学」(1アト秒は100京分の1秒、10-18秒)と呼ばれるこの分野は、世界各国で盛んに研究されており、化学反応や分子振動などよりも速い“究極の高速運動”である「原子内部の電子の運動」を止めて見る事が1つの大きな目標となっています。電子は、私達の身の回りの全ての物質の性質を決める最も基本的な粒子であるため、電子の超高速運動の中に新しい科学技術の鍵が隠されているかも知れません。しかし、これまでは、技術的な問題から、フェムト秒の観測が限界でした。この壁を突破し、アト秒というさらに短い一瞬で動く電子の運動を捉えることを目指して、世界中の研究者がしのぎを削っています。

2.研究手法と研究成果 
 研究グループは、高次高調波発生を用い、世界最短のアト秒パルス列の発生と測定に成功しています(2006年3月16日の研究成果(http://www.riken.jp/lab/dri/discovery/jpn/press/press060316.html)、2006年10月17日のプレスリリース(http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2006/061017/index.html)を参照)。これらの成果は、レーザーを活用した高次高調波の発生機構の中に、同程度の時間分解能をもつ超高速現象が存在することを示しています。本研究では、この発生機構そのものを利用し、アト秒という短い精度で電子の運動を観測することに成功しました。高次高調波は、次の3つの過程を経て発生します(図1)。

第1ステップ(トンネルイオン化※5過程): 
 レーザー光を希ガス原子(ヘリウムやネオンなど)や簡単な分子(窒素や酸素など)などのガスに照射すると、高強度レーザー電場で電子がクーロン障壁※6をすり抜け、原子の外(自由状態)に現れる。

第2ステップ(伝搬過程): 
 その電子が高強度レーザー電場中で駆動される。理論的な予測によると、典型的な運動時間は500アト秒~1,600アト秒である。

第3ステップ(再結合過程): 
 第2ステップにおいて高い運動エネルギーを得た電子が、親イオンと再衝突する際、高い運動エネルギー(実際には、イオン化ポテンシャル※7に相当するエネルギー分のかさ上げがある)に相当するエネルギーの高い(波長の短い)光、すなわち高次高調波を発生する。

 今回独自に開発した手法は、混合ガスを用いることで、第2ステップ「伝搬過程」の電子の軌跡をわずかにずらした高次高調波を発生させ、干渉させるものです(図2)。例えば、電子が1つの場合、自分が走ったコースの様子を客観的に伝えることはなかなか難しいのですが、2つの電子が協力しあってわずかに異なるコースをレースした場合、自分達のコースの様子を伝える手掛かりが増えるのです。具体的には、強力な可視レーザー光(フェムト秒レーザー光)を、ヘリウムガスとネオンガスの混合ガス中に集光して、高次高調波を発生させ、そのスペクトルを観測しました(図3)。これまでの研究では、媒質に、例えばアルゴンや窒素などの純粋な原子や分子を用いていたため、高次高調波発生の制御には照射するレーザー光を制御する以外に方法がありませんでした。しかし、媒質に混合ガスを用いることを提案した今回の研究は、高次高調波発生に新しく汎用性のある制御法(混合ガスの粒子密度、混合比、媒質長の制御)があることを実証した、画期的な結果となりました。また、この手法は、他のグループの実験手法と違い、レーザー光の強度の揺らぎなど、実験的に不確定な要素を排除できるため、最小限の理論的な仮定で電子の運動が観測できる点も大きな特長といえます。
 図4にヘリウムガス(圧力1.0 × 10-1パスカル)、ネオンガス(圧力1.1 × 10-2パスカル)、及びそれらの混合ガスで発生した高次高調波のスペクトルを示します。ここで、23次から35次高調波信号の隣に現れている信号は、45次から71次高調波の2次回折光によるものです。ガスを混合すると、各ガスから放出する高調波パルスが重ね合わせられます。例えば、ヘリウムガス、ネオンガスからの高次高調波を「干渉」させることで、29次近傍の高調波が弱められ、51次近傍における高調波が強め合っていることが分かります。特に、図4の右上の図で示すように、混合ガス中で、29次高調波の発生がほぼ完全に抑制されていることは、注目すべき結果です。
 この破壊的干渉は、電子の軌跡をずらしたことにより高調波のパルスの位相がずれ、逆位相で発生したことを示します。量子力学によると、高調波の位相は、運動時間と媒質のイオン化ポテンシャルの差に比例することが示され、破壊的干渉が起きている29次高調波発生に寄与する電子の運動時間は690アト秒であると結論できます(図5)。これは、現在観測されている電子を含む粒子の運動の中で、最も速い現象です。同様に、各次数の高調波の発生に寄与する電子の運動時間を、図5の右軸のように求めることが出来ます。また逆に、イオン化ポテンシャルの差が好ましい媒質を用いることにより、高調波のスペクトルをコヒーレントに制御することも可能です。例えば、29次高調波を発生させたくない時は、ヘリウムとネオンの様にイオン化ポテンシャルの差が3eV程度のガスの組を選びます。
 この様に、(1)高次高調波の破壊的干渉の観測(2)最短の電子の運動の観測(3)アト秒パルス列のスペクトルの新しい制御法、という重要な成果を得ることが出来ました。さらに特筆すべきは、これらが(4)制御した混合ガスを高調波発生に用いる、という全く新しい研究方法を世界で初めて導入し実現したことです。

3.今後の期待 
 今回の手法を応用することにより、原子中だけでなく、分子中の電子や原子核の運動を、アト秒の精度で観測することが期待されます。また、今回開発したアト秒パルスの制御法で、原子や分子の制御の可能性が飛躍的に広がりました。混合ガスは、原子や分子に次ぐ“第3の非線形媒質”として、極端紫外・軟X線領域における全く新しい高強度・超短パルス光源として用いることが出来るだけでなく、アト秒の精度が必要な超高速現象を観測するための、新しい方法論として期待できます。
 しかしながら、今回の研究で、電子の動きが完全に明らかになったわけではありません。電子の運動時間を測定し、アト秒の運動をしている証拠を得ることには成功しましたが、電子が動く様子を時々刻々と観測した訳ではありません。今後の研究で、より短いアト秒パルスを発生・制御する技術が開発されれば、分子の中の原子や電子の動きを、映画を見るように理解できる日がくるでしょう。


<補足説明>
※1 コヒーレント 
 位相が揃っていること。レーザー光は、単色性に優れ、指向性を持ち、干渉性が良く、エネルギー集中度が高い(高輝度性)といった性質を持つ。これらの性質をコヒーレント(位相が揃っていること)という言葉を用いると、「時間的にも空間的にもコヒーレント(位相の揃った)光である」となり、一つの波長の光が一定の方向に規則正しく拡がらずに進む光のことを示す。
 
※2 高次高調波 
 高強度の可視レーザー光を、ある種のガス(ヘリウム、ネオン等の希ガスや窒素、酸素等の分子ガス)にレンズや凹面鏡を用いて集光すると、その可視レーザー光と同じ方向に複数の波長の短い光が発生する事が知られている。一般に電磁波を取り扱う分野では、基本の波長の整数分の一の波長の電磁波が発生すると、これを高調波と呼ぶ。高強度の可視レーザー光により発生した波長の短い光は、可視レーザー光の波長の整数分の一(特に、反転対称性のある媒質の場合は奇数分の一。例えば、1/29や1/51)の波長になっており、またその分母に入る数が数十以上に達する場合もある事から、高次高調波と呼ばれている。なお波長については2005年2月2日のプレスリリース補足説明(http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2005/050202/index.html#note)を参照。
 
※3 破壊的干渉 
 波の干渉とは、複数の波の重ね合わせによって新しい波形ができること。2つの振幅をそれぞれAとBとすると、山と山、谷と谷が一致するとき振幅Cは C=A+B となり、これを、建設的干渉あるいは増加的干渉などと呼ぶ。一方、2つの波の位相が180°だけずれていたら、波は互いに打ち消しあい、振幅Cは C=|A-B| となる。これを、破壊的干渉もしくは相殺的干渉などと呼ぶ。 
 
※4 マイブリッジ 
 Eadweard Muybridge(1830年~1904年)は、イギリス出身の写真家。19世紀後半、「疾走する馬の脚は、4本ともが同時に地面を離れている瞬間があるのか」という奇妙な論争があった。そこで、マイブリッジは12台のスチルカメラを使い、疾走する馬の脚の動きを連続的に撮影し、「馬は疾走中4本の足を同時に地面から離している」ということを証明した。この12枚の連続写真はエジソンがキネトスコープを発明するヒントとなった。
 
※5 トンネルイオン化 
 量子力学系で見られるトンネル効果の一つ。ポテンシャル障壁よりも低いエネルギー状態から、ある確率で障壁をすり抜け、イオン化する現象をトンネルイオン化と呼ぶ。 
 
※6 クーロン障壁 
 クーロン電荷を持つ粒子(電子や原子核など)の間に働く力(クーロン力)によるポテンシャル障壁のこと。
 
※7 イオン化ポテンシャル 
 基底状態にある原子または分子から1個の電子を無限遠に引き離して、1個の陽イオンと自由電子とに解離させるために必要なエネルギーのこと。 

 
図1 高次高調波発生のメカニズム 
 
図2 今回開発した手法 
 
図3 実験配置図 
 強力な超短パルスレーザー光を、圧力制御したガスの入ったガスセルに集光し、高次高調波(アト秒パルス)を発生させる。ガスセルには、ヘリウムガス、ネオンガス、これらの混合ガスを導入し、発生した高次高調波のスペクトルを比較する。
 
図4 高次高調波のスペクトル 
 赤線、青線、緑線はそれぞれヘリウムガス、ネオンガス、混合ガスからの高調波スペクトルを示す。 
 
図5 各次数の高次高調波の位相差とその発生に寄与する電子の運動時間 
 青い四角は実験結果、青線は理論計算を示す。  

(※ 図1~5は関連資料を参照してください。)

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