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ニュースリリースのリリースコンテナ第一倉庫

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2024'11.24.Sun
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2007'05.14.Mon

理化学研究所、単色光のオン・オフだけで磁性を制御することに成功

光で分子の結合状態を変えることに成功

- 一色の光が操る世界初の光スイッチングの可能性 -  
 

◇ポイント◇ 
 ●単色光のオン・オフだけで磁性をすばやく制御することに成功 
 ●放射光を用いた電子分布解析で、新しい光スイッチングの起源を解明 
 ●液体窒素温度程度の汎用的な低温環境での光スイッチングに成功 

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、財団法人高輝度光科学研究センター(以下JASRI、吉良爽理事長)、国立大学法人筑波大学(岩崎洋一学長)、独立行政法人科学技術振興機構(以下JST、沖村憲樹理事長)と共同で、鉄と軽元素(水素、炭素、窒素、硫黄)からできているスピンクロスオーバー錯体と呼ばれる化合物において、液体窒素を用いた簡易な冷却温度環境で、単色の可視光のオン・オフだけで磁性を自在に制御することに世界で初めて成功しました。また、この新しいタイプの光スイッチング現象の起源が、物質の構成元素の中で磁性を担う鉄と窒素との結合の強さによることを、放射光の解析で得た電子密度分布をもとに解明しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)高田構造科学研究室の加藤健一研究員(JASRI研究員兼務)、高田昌樹主任研究員(JASRI利用研究促進部門長兼務)、筑波大学の守友浩教授(JASRI客員研究員兼務)らのグループによる研究成果で、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術(研究総括:田中通義、東北大学 名誉教授)」研究領域の「反応現象のX線ピンポイント構造計測(研究代表者:高田昌樹)」研究課題の一環として進められました。
 スピンクロスオーバー錯体は、可視光を当てることで磁気的特性が大きく変化することから、光スイッチングデバイスとして期待されていました。これまで、マイナス240℃という極低温でこの物質に光を当てると、光を切った後も、その状態が1時間以上維持されることが知られていました。光スイッチングデバイスとして機能させるためには、この光を当てた状態を瞬時に元の状態に戻す必要がありますが、この物質では、異なる色の光を当てなくてはなりません。そのため、効率的かつ高速な光スイッチングを実現する上で、大きな障壁となっていました。
 研究では、液体窒素で冷却できる温度(約マイナス180℃)で可視光を当てると、光を切った際、元の状態に瞬時に戻ることを見いだしました。光が当たっている時の電子分布の様子を、大型放射光施設SPring-8の粉末回折ビームラインBL02B2で詳細に解析しました。その結果、光が当たっているときは、この物質の磁性を担う鉄と窒素との結合の強さが、光を当てる前の状態と比較して半分以下であることが明らかになりました。この電子分布レベルでの詳細な構造が、新しいタイプの光スイッチング現象の謎を解く鍵を握っていることがわかりました。今後、光のオン・オフによるスイッチング過程を、電子分布の時間変化としてとらえることが、光と物質の相互作用を解明していく上で重要となり、新たな光スイッチング素子を見出す道を拓いたことになりました。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Applied Physics Letters』(5月14日号)に掲載されます。 

1.背景 
 光は、物質の性質を自在に変える可能性を秘めていることから、次世代の光通信や光情報処理素子開発など分野融合型産業を創出するためのキーテクノロジーとして期待されています。特に、光により磁性が変化する物質は、超高速光通信に必要不可欠な光スイッチングデバイスへの応用の観点から注目を浴びています。例えば、プラス2価の鉄を含むスピンクロスオーバー錯体(化学式:Fe(phen)2(NCS)2、phenは1,10-Phenanthrolineの略)と呼ばれる物質は、約マイナス240℃という極低温で、緑色の光(波長532nm前後)を照射すると、鉄のスピン状態が低スピン※1から高スピン※1へ変化することが知られています。この高スピンの状態は、光を切った後も、数時間以上にわたって維持されます。この現象は、Light Induced Excited Spin State Trapping(略してLIESST)と呼ばれ、光により引き起こされる現象として有名です。この現象は、光スイッチングデバイスへの応用の可能性を秘めていますが、高スピン状態を元の低スピン状態に戻すためには、熱を加えるか、赤色の光を当てる必要があります(図1)。この特徴が、スピンクロスオーバー錯体における高速光スイッチングデバイスへの応用の観点からは、大きな障壁となっていました。 

2.研究手法・成果 
 本研究は、単色の光のオン・オフでこの物質の磁性を制御することはできないだろうか、という発想から始まりました。LIESST現象が起こらない液体窒素温度程度(約マイナス180℃)で、この鉄を含むスピンクロスオーバー錯体に波長532nm(緑色)の連続光を当てました。すると、低スピン状態から高スピン状態に変化し、光を切ったときには瞬時に低スピン状態に戻ることがわかりました(図2)。つまり、物質の温度を制御することにより、単色の光照射で磁性の制御が可能となる現象の発見となりました。しかし、この現象を高速光スイッチングへと展開していくためには、この新しい現象の起源を解明することが不可欠です。そのためには、光と直接作用していると考えられる電子の状態を直接見ることが重要です。
 研究グループは、光を照射した状態でスピンクロスオーバー錯体の電子分布を明らかにするために、大型放射光施設SPring-8の粉末回折ビームライン02B2を利用しました。図3に示すように、試料の温度を液体窒素温度程度の低温に保ち、波長532nmの緑色光を照射しながら、放射光の回折データを測定しました。得られた回折データを、マキシマムエントロピー法(MEM)※2と呼ぶ手法で解析すると、物質内の電子分布を可視化することができます。
 この得られた三次元電子密度分布から、鉄と窒素が乗る面の等高線図を、光を当てる前と、当てている時と、光を切った後と、それぞれ図4に示し、比較しました。鉄と3個の窒素との結合間に存在する電子に着目すると、光が当たっている時は、光を当てる前や光を切った後と比較して、電子密度の高さが平均で0.52eA-3※3から0.25 eA-3にまで減少していることがわかりました。このことから、光を当てた状態では、鉄と窒素との間の電子が少ない、つまり相互作用が非常に弱いことから、原子が動きやすくなり、光を切ることにより容易に元の低スピン状態(高スピン状態よりも鉄窒素間の距離が10%程度短い)へ戻るのではないかと考えられます。  

3.今後の期待 
 本研究で発見した新しいタイプの光スイッチング現象は、液体ヘリウムを利用する大型冷却設備による極低温環境を必要としないため、デバイスの小型化や軽量化にもつながると期待できます。今後、光のオン・オフによるスイッチング過程を、SPring-8放射光のパルス特性を最大限に利用し、電子分布の時間変化としてとらえることが、光と物質の間に働く相互作用を解明し、超高速光スイッチングデバイスを開発していく上で極めて重要であると考えられます。 


<補足説明>
※1 低スピン状態・高スピン状態 
 プラス2価の鉄イオンの場合では、6個のd電子(物性を担う最外殻電子)とエネルギーの異なる5種類のd軌道(d電子が占有する軌道)を持っている。その6個の電子が、エネルギーの低い軌道から順に2個ずつ、スピンが互いに反対向きになるような電子配置を低スピン状態という。一方、高スピン状態は、5個の電子が同じスピンの向きで5種類の軌道に1個ずつ入り、残り1個の電子が一番エネルギーの低い軌道に反対向きに配置された状態のことをいう。 
 
※2 マキシマムエントロピー法(MEM) 
 MEMは、いわば、X線回折データに対する仮想的な結像レンズの役割をコンピューター解析で果たすものである。従来の方法(フーリエ変換による解析法)とは異なり、実験で得られた回折強度とその誤差をもとに未測定の回折強度についても推定する。打ち切り効果が無いため、結合電子の分布などの情報を含む精密な電子密度分布を得ることができる。 
 
※3 eA-3 
 一辺の長さが1.0Aの立方体の中に存在する電子の数、つまり、電子密度の高さを表す単位。(eはエレクトロン、Aはオングストロームと呼ぶ。) 

 
図1 従来の光スイッチングと新しい光スイッチングとの比較 
図2 光のオン・オフによる高スピン状態の割合の時間変化 
図3 液体窒素による低温度程度で光を照射しながら回折データを測定するための実験配置 
図4 放射光回折データをMEMで解析し得られた電子密度分布 

(※ 図1~4は関連資料を参照してください。)

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