理化学研究所、難治てんかんで異常を示すタンパク質が特定の抑制性神経細胞軸索に発現
難治てんかんで異常を示すタンパク質が特定の抑制性神経細胞軸索に発現
- てんかん発症メカニズムの解明、治療法の開発につながる新たな知見 -
◇ポイント◇
●難治てんかんでみられた遺伝子変異を導入したモデルマウスを作成・解析
●特定の抑制性神経細胞の機能不全が難治てんかん発症の原因であることを示唆
●原因タンパク質の発現場所を特定することにより発症メカニズム解明の手がかりに
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、難治てんかんで異常を示すタンパク質が、特定の抑制性神経細胞軸索に発現することを世界で初めて突き止めました。この発見は、てんかん発症メカニズムの理解につながる重要な知見です。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)神経遺伝研究チームの山川和弘チームリーダー、荻原郁夫研究員及び同センター神経回路発達研究チーム、分子神経形成研究チーム、行動遺伝学技術開発チームなどによる共同研究の成果です。
てんかんは、さまざまな遺伝子の変異により発症すると考えられています。中でも、比較的軽いてんかんの一種である「熱性痙攣プラス」や、難治で重い精神発達障害を伴う「乳児重症ミオクロニーてんかん」など、重篤度が大きく異なる複数種のてんかんが、神経細胞の情報伝達の際に重要な働きをするナトリウムチャネルサブユニット1型タンパク質(Nav1.1)をコードするSCN1A遺伝子の異常により発症すると考えられています。
今回、研究グループは、重篤で難治な乳児重症ミオクロニーてんかん患者で見いだされたSCN1Aの変異を導入したてんかんモデルマウスを作成し、詳細に解析しました。その結果、マウスのてんかん発症、抑制性神経細胞の機能不全等に加え、Nav1.1タンパク質が、特定(パルブアルブミン(PV)陽性)の抑制性神経細胞に発現していること、さらにその軸索に多く発現することなどを突き止めました。Nav1.1タンパク質は今まで神経細胞の樹状突起および細胞体で発現しているとされてきましたが、今回の神経細胞軸索での発現は、以前までの報告を覆す知見であり、細胞種(パルブアルブミン陽性抑制性神経細胞)の特定と併せ、てんかんの発症メカニズムの理解、治療法の開発に大きく寄与するものです。
今後、パルブアルブミン陽性抑制性神経細胞をターゲットとすることにより、乳児重症ミオクロニーてんかんなど、難治で重篤なてんかんに対する、真に有効で副作用の少ない治療法の開発に大きく寄与するものと期待されます。
本研究成果は、北米神経科学会誌(米国)『Journal of Neuroscience』(ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)(5月30日号)に掲載されます。
1.背景
てんかんは、大脳神経細胞の過剰興奮によって引き起こされる発作を特徴とする、全人口の1%以上が発症する頻度の高い神経疾患です。てんかんには多数の種類があり、その過半数に遺伝的背景が想定されています。てんかんは、てんかん発作のみを示す比較的軽症の特発性てんかん※1と、運動障害・知能障害などを伴い、より重症の症候性/潜因性てんかん※1に大きく分類されますが、現在までに同定された20余りの特発性てんかんの原因遺伝子の多くが、イオンチャネルタンパク質をコード(暗号化)していることが知られています。
神経細胞の興奮を担う主要な分子である「電位依存性ナトリウムチャネル」※2では、ナトリウムチャネルαサブユニット1型タンパク質(Nav1.1)をコードするSCN1A遺伝子、αサブユニット2型タンパク質(Nav1.2)をコードするSCN2A遺伝子、さらに補助サブユニットであるβ1をコードするSCN1B遺伝子のそれぞれで、てんかん原因変異が報告されています。特にSCN1A遺伝子では、特発性てんかんの一種である熱性痙攣プラス、潜因性てんかんに分類され、難治で重い精神発達障害を特徴とする乳児重症ミオクロニーてんかん、小児難治大発作てんかんと名付けられたミオクロニー発作を示さない乳児重症ミオクロニーてんかん亜型など、複数の重篤度の大きく異なるてんかんで既に150を超える数の疾患変異が報告されており、現在、このSCN1Aは今までに報告されたてんかん原因遺伝子の中でも、評価の確立した、最も代表的なものとなっています。
このため、このSCN1AがコードするNav1.1が果たす本来の機能の詳しい解析と、その異常により引き起こされるてんかんの発症メカニズムの解明は、てんかんの理解と有効な治療法の開発にとって非常に重要です。
2.研究手法と成果
研究グループは、独立した3例の乳児重症ミオクロニーてんかんで見いだされたナンセンス変異※3(R1407X)を相同組み替えによってマウスSCN1A遺伝子に導入し(図1)、このマウスについて以下の知見を得ました。
(1)変異を導入したヘテロ接合体※4(+/RX)マウス同士を掛け合わせると野生型(+/+)、ヘテロ(+/RX)、ホモ※4(RX/RX)のマウスがほぼ通常の割合(1:2:1)で生まれてきます。
(2)ホモ(RX/RX)は出生後、当初は正常に育ちますが、出生10~12日頃から運動失調と瀕回のてんかん発作を起こし始め(図2)、15日頃までにすべてが死亡します。ヘテロ(+/-)も、一部が出生後18日頃からてんかん発作を起こし始め、生後1ヶ月で25%が、3ヶ月で40%が死亡します。
(3)ホモ(RX/RX)、ヘテロ(+/RX)マウスともに、分断されたタンパク質は検出されません(図3)。このことから症状は、分断タンパク質の有害な効果によるものではなく、正常なタンパク質の消失または半減が原因となっていると考えられます。また、これにより乳児重症ミオクロニーてんかんの発症原因は正常タンパク質の半減であることが示唆されます。
(4)パッチクランプ法※5による、R1407X変異をヘテロで持つマウス(+/RX)の大脳皮質脳スライスの電気生理学的解析により、抑制性神経細胞の機能低下が見られることを明らかにした。興奮性神経細胞では異常が見られません(図4)。
(5)Nav1.1は、脳全体で、ただし尾側(視床、上丘、下丘、小脳、脳幹など)優位に発現していることを確認しました。また、大脳皮質、海馬、小脳などにおいて、パルブアルブミン(PV)陽性抑制性神経細胞の細胞体/軸索にNav1.1の強い発現が見られることを発見しました(図5)。神経細胞軸索での発現については、今までの報告を覆すものであり、PV陽性抑制性神経細胞での強い発現は、まったく新規な知見です。
昨年(2006年8月)、米国ワシントン大学のグループはSCN1A遺伝子を欠損させたマウスを作製し、このマウスが確かにてんかん発作を生じ、乳児重症ミオクロニーてんかんモデルとなること、抑制性神経細胞の機能に異常がみられることなどが報告されました(Yu et al., Nat Neurosci 9:1142-1149, 2006)。今回、研究グループが得た、乳児重症ミオクロニーてんかん患者でみられた変異を導入したマウスに関する知見の多く(項目1~4)は、彼らの報告を確認、補足するものとなりました。しかしながら、「Nav1.1が特定の抑制性神経細胞(PV陽性抑制性神経細胞)の軸索に多く発現している」ことを明らかにした点(項目5)は、まったく新規で重要な発見です。
今まで複数のグループが「Nav1.1は、神経細胞の主に細胞体/樹状突起に発現し、Nav1.2は、軸索に多くが発現している」と報告してきました。しかし、これらの報告で示された結果はmRNAの分布とも一致せず、各報告間でも矛盾のあるものでした。今回の発見は、今までの報告と異なり、3種の抗Nav1.1抗体を用い、さらにホモ(RX/RX)マウスをネガティブコントロールとして利用することにより、特異的で確実なシグナルを得ることによってなされたものであり、正しい脳内/細胞内のNav1.1の発現部位、すなわち「Nav1.1は、神経細胞の主に細胞体・軸索に発現する」ことを示すものです(図6)。
神経細胞は大きく分けて興奮性と抑制性の2種の細胞より構成されます。それぞれが、さらに複数の種類に分類されますが、特に抑制性神経細胞に高い多様性が知られており、これらを分類する指標の一つとして各々にほぼ特異的に発現するカルシウム結合タンパク質がマーカーとして用いられています。今回、研究グループがNav1.1発現細胞として同定したPV陽性抑制性神経細胞は、バスケット細胞としても知られ、興奮性神経細胞の細胞体に軸索を投射し、その活動を強力に抑え制御すると考えられています(バスケットの名は本細胞の軸索が興奮性神経細胞の細胞体を籠のように覆う様子から名付けられました)(図7)。
今回の発見は、乳児重症ミオクロニーてんかんなどSCN1A遺伝子変異によって引き起こされるてんかんの発症の原因が、PV陽性抑制性神経細胞の機能低下により、興奮性神経細胞の活動を抑制できなくなることに有ることを強く示唆するものです。
3.今後の期待
今回の研究グループの発見により、PV陽性抑制性神経細胞機能不全が乳児重症ミオクロニーてんかんなどの発症の背景にあることが示唆されました。今後、PV陽性抑制性神経細胞をターゲットとすることにより、より有効で副作用の少ない治療法の開発が期待されます。現在、研究グループでは、SCN1A-R1047X変異導入マウスを用いて、真に有効な乳児重症ミオクロニーてんかん治療法の開発を試みています。
<補足説明>
※1 てんかんの分類(特発性/症候性/潜因性)
てんかんは大きく、1)脳内病変を認めず原因のはっきりしない、主にてんかん発作のみを症状とし一般に予後の良い特発性てんかんと、2)背景となる脳内病変・脳損傷や代謝疾患など原因が明らかで、一般に難治/重篤な症候性てんかんの2つに分けられる。また、3)脳内病変や代謝疾患など確定できる原因は見られないが、症状の重篤さや他の精神神経症状の合併などから特発性てんかんに分類し難いものを潜因性てんかんと呼んで区別する場合もある。
※2 電位依存性ナトリウムチャネル
神経細胞膜上には、ナトリウムチャネル、カリウムチャネル、カルシウムチャネルなど様々なイオンチャネルが存在し、神経細胞の興奮、抑制などをつかさどっている。特に電位依存性ナトリウムチャネルは神経細胞の興奮に主要な働きをする。ナトリウムチャネルはポア(イオンが通る穴)を形成する主要サブユニットであるαサブユニットとその開閉などを制御するβサブユニットからなっており、αサブユニットは1~9型までが同定され、例えば1、2、3、6型の4種は脳に、4型は骨格筋に、5型は心臓にというように、それぞれ発現部位が異なる。βサブユニットは1~4型までが知られている。
※3 ナンセンス変異
突然変異のうち、アミノ酸に対応するコドンをストップコドン(対応するアミノ酸が無いコドン)に変化させるもの。タンパク質の合成はそこで停止する。
※4 ヘテロ接合体、ホモ接合体
遺伝子は一個体当たり、父親由来と母親由来の2コピー存在する。ヘテロ接合体の場合では、正常遺伝子1コピーと変異遺伝子1コピー、ホモ接合体の場合では、変異遺伝子2コピーを有する。
※5 パッチクランプ法
パッチクランプ法とは、細胞に先端口径1μm程度のガラス電極を押しつけてギガシールと呼ばれる状態を作り、膜表面上に存在するチャネルを通るイオン電流を精度良く測定する方法である(下図参照[*関連資料参照])。スライスパッチ法では脳スライス切片に電極を挿入し、目標とする細胞に押し当てて測定を行う。
●図1 難治てんかんでみられたSCN1A変異のマウス遺伝子への相同組み替えによる導入
●図2 SCN1A遺伝子にR1407Xナンセンス変異を導入したホモ接合体(RX/RX)マウス14日齢が示した痙攣発作(コマ送り写真)
●図3 変移導入マウスにおける分断タンパクの消失
●図4 変異導入マウスにおける抑制性神経細胞の機能異常
●図5 Nav1.1の発現部位
●図6 Nav1.1ナトリウムチャネル細胞内分布の修正
●図7 Nav1.1のPV陽性抑制性神経細胞での発現
(※ 関連資料を参照してください。)
(※ <補足説明>※5パッチクランプ法の参考図、図1~7は関連資料を参照してください。)